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2026-02-24

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第37回「ゲン担ぎパート2」その1

平成12年秋場所、前の場所で大きく負け越した玉春日は、「改名がよくなかった」とひと場所で名前を戻したが、その甲斐もなく、千秋楽に時津海に敗れて負け越し

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溺れるものはワラをもつかむと言いますが、勝たなければ人生が開けない力士たちだって似たような心境です。
勝つためには手当たり次第、なんだってつかみます。
その一つがゲン担ぎです。
平成22年にスタートした第1回目のテーマがゲン担ぎで、力士たちのさまざまなゲン担ぎの生態、面白エピソードを紹介しました。
しかし、とても1回ぐらいで紹介しきれるものではありません。
それだけ力士たちは勝つことに必死な証拠でもあります。
そこで、今回からゲン担ぎパート2をお送りしましょう。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

戻したものの……

幽霊の正体見たり、枯れ尾花、という句がある。ゲン担ぎの正体も得てしてこんなものかもしれない。

平成12(2000)年夏場所、西前頭4枚目の玉春日(現片男波親方)は9勝6敗と勝ち越し、翌名古屋場所、西小結復帰を決めた。およそ3年ぶりの三役だった。

この小結返り咲きを契機に玉春日は、

「字画がとてもいい」

と思い切って四股名の下の名前を本名の「良二」から「公二」に改名した。もちろん、さらなる活躍、発展を願ってのことである。

ところが、せっかく気分を一新して臨んだ場所だったにもかかわらず、さっぱり結果が出ない。なんと初日から9連敗し、終わってみれば10日目に大関武双山(現藤島親方)、11日目関脇貴ノ浪に勝っただけの2勝13敗だった。8日目、栃乃花(現二十山親方)に敗れて幕内の負け越し第1号になったとき、師匠の片男波親方(元関脇玉ノ富士)に、

「バタバタしても(結果は)同じだな」

と鼻で笑われ、返す言葉もなかったそうだ。

どうしてこんな惨敗に終わったのか。何が悪かったのか。場所後、玉春日はいろいろ反省し、追求し、ついに一つの結論に達した。

「改名した名前が悪い」

原因が分かったら改めればいい。翌秋場所、玉春日はたった1場所で「公二」から元の「良二」に戻した。番付も一気に9枚落ちて東前頭9枚目になったし、名前も元に戻したのだから、この秋場所の玉春日はさぞかし大暴れ、と思いきや、結果は7勝8敗とまたしても負け越しだった。場所後、玉春日はこう言って頭をかいた。

「改名よりも、本人のやる気が問題なのがよく分かった。それにしても相撲は難しい」

月刊『相撲』平成25年11月号掲載

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