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2026-05-02

新日本・永井大貴が「スーパージュニア」代打出場緊急決定! 自ら“出世コース”の道を切り拓いたヤングライオン【週刊プロレス】

5・1姶良のバックステージで棚橋弘至社長を呼びつけて「スーパージュニア」出場を直訴した永井大貴(右)。即決とはいかなかったが…

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 4・29佐賀でタイガーマスクの挑戦を退け、IWGPジュニアヘビー級王座V4に成功したDOUKI。今年に入ってエル・デスペラード、マスター・ワト、YOH、タイガーマスク、その前には藤田晃生、高橋ヒロムと、新日本ジュニアの主力を一通り倒したことから、エントリーされていた「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア33」不参加を一方的に発表。さらに、残りのシリーズも欠場している。

 これに反応したしたのがヤングライオンの永井大貴。4・30熊本では試合後、バックステージで「『スーパージュニア』、1枠空きましたね? 誰が出るんスか? 決まってない? 代わりに俺が出てもいいですか?」と手を挙げた。

 さらに翌5・1姶良では、第1試合で勝利すると来場していた棚橋弘至社長をバックステージに呼んで、「単刀直入に言います。俺を『スーパージュニア』に出してください。もう耐えられないんッスよ。お客さんが、悲しい顔で帰られるのが。見てられないんスよ。あんなヤツ必要ないです。俺が出て、お客さんを笑顔で帰します。だから俺を、『スーパージュニア』に出してください。お願いします」と直訴した。

 この時点では「俺も永井と同じ気持ちだから。1回、会社で検討するから。ちょっと待って。でも、お前の気持ちは、しっかり受け取った」(棚橋社長)と、即決とはいかず。

 それでも全試合終了後、勝利したUnbound Co.のメンバーとともにリングに上がった永井は、ファンの前で「俺を『スーパージュニア』に出せ!」とアピール。そして本部席で観戦していた棚橋社長に歩み寄った。
 ここで棚橋社長に「ただ出場するだけでは面白くない。優勝する覚悟はあるか?」と問われ、「あるに決まってんだろーッ!! (同じユニットに所属する)ロビーも、石森さんも、ほかのヤツも、全員敵だ。全員、ボコボコにしてやるわーーーッ!!」と答えた。そして観客からの「永井」コールを聞いた棚橋社長は「永井に決定!」とした。

 永井の覚悟は単に優勝を目指すだけではない。バックステージでは「俺は、入る前は、新日本プロレスは、日本一のプロレスのチームだって、そう思ってたよ。でもどうだ、現実は? 実際。現場に出てみれば、反則だの介入だの、よくわかんない終わり方で、お客さんが “なんだ、こりゃ?”みたいな顔して帰るしよ。いろんなこと聞くよ。今日はお客さんが入ってねえとか、チケットが売れてねえとか、ギャラが低いとか。そんなのばっかだよ。でも俺は、この新日本プロレスに、プロレスに夢を持って入ってきたんだよ。夢を持ったから、自衛隊で2年頑張れたんだ。冷や飯も食ったんだ。泥にもまみれたんだ。わかるか、俺の気持ちが? だから、このままじゃ終わらせねえぞ。新日本プロレス、俺は『スーパージュニア』に出て……全部変えてやるよ」と、思いをぶちまけている。

 直前の欠場からの代打出場としては、2024年のドラゴン・ダイヤ(交通事故で負傷した田口隆祐に代わって)、2020年の上村優也(負傷した金丸義信に代わって)、2019年のDOUKI(開幕前に負傷したエル・デスペラードに代わって)、成田蓮(ビザのトラブルで来日不能になったフィリップ・ゴードンに代わって)が記憶に新しい。

 ジュニアで言えば代打ではないものの、タイトルマッチ2日前に足首を骨折して王座返上。当時はまだヤングライオンながら、「俺を出せ。俺が出ないと面白くない」と、急きょ決定した王座決定ワンデートーナメントへの出場を直訴した大谷晋二郎がいた(1994年9月27日、大阪城ホール)。

 さらにさかのぼれば、エントリーされながらも肩の負傷で欠場した野上彰(現AKIRA)に代わってヤングライオン杯公式戦でデビューした船木優治(現誠勝)がいる(1985年=第1回)。

 前述した各選手は代打出場した大会で好成績は残せなかったものの、その後、それぞれトップクラスにのし上がっている。それを伝え聞いた棚橋社長は「出世コースに乗ったね」と笑みを見せた。

橋爪哲也

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