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2020-08-07

【連載 名力士ライバル列伝】 横綱貴乃花編 最大のライバル、横綱曙太郎

初めて番付に付いた昭和63(1988)年夏場所6日目、ハワイ出身の19歳の巨漢が、注目を集める15歳の少年を一気に押し出した。

※写真上=平成5年初場所千秋楽。曙12勝2敗、貴花田11勝3敗で迎えた大一番は、2秒7で曙が一方的に押し出し。場所後、ダブル昇進を果たしたが、曙にとっては会心の、貴花田にとっては屈辱の一番となった
写真:月刊相撲

空前の相撲ブームの中心にいた貴乃花。
名大関とうたわれた貴ノ花の息子として
兄の若乃花とともに早くから脚光を浴び、
史上最年少記録を次々と塗り替える活躍を見せた。
時代を築いた曙、武蔵丸ら巨漢のハワイ勢に対抗。
平成の大横綱は、数々の名勝負を繰り広げた。
※平成28~30年発行『名力士風雲録』連載「ライバル列伝」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

初土俵から生涯通じ
宿命のライバル

 人気大関貴ノ花の次男としてデビュー当時からマスコミに追われる貴花田に対し、その影に隠れそれほど注目を集めなかった曙。15歳とはいえ、最強明大中野中で無類の強さを発揮した貴花田に、相撲経験のない曙が圧倒的パワーを見せつけた。曙にとっては「もっとも思い出に残る」、貴花田にとっては、プロの洗礼を浴びた一番だった。この一番を機に二人は特別な存在となり、切磋琢磨しながら出世を争うようになる。

 十両、幕内は貴花田、小結・関脇は曙、賜盃は貴花田、大関、横綱昇進は曙と、互いに追い越し、追い越されを繰り返した。

 曙が横綱、貴花田が大関取りを懸けた平成5(1993)年初場所千秋楽。連覇を狙う曙と、1差で追いかけ、勝って決定戦に持ち込みたい貴花田にとって、互いに負けられない一番となった。しかし、勝負は曙の圧勝。貴花田は何もできずに土俵を割ってしまった。場所後の大関昇進は叶ったが、貴花田の心は晴れることがなかった。この屈辱が横綱昇進への大きな布石となっていた。

 貴ノ花に改名した大関昇進後も、曙は何度も壁になり立ちふさがった。平成5年名古屋場所には、曙、貴ノ花、若ノ花の3人による優勝決定巴戦。世間は貴ノ花、若ノ花の初の兄弟決戦を期待したが、横綱の意地を見せた曙が二人を撃破、4回目の優勝を決めた。

長く時代の頂点に立ち
歴史を刻んだ名勝負

 貴乃花に改め7度目の綱取りを迎えた平成6年九州場所。連覇を決めた後の千秋楽は、曙との4場所ぶりの対戦だった。48秒の激闘の末、貴乃花が上手投げ。死力を振り絞って綱に先んじた曙を破り、大関昇進時の屈辱を晴らした大一番だった。

 貴乃花の横綱昇進で肩を並べた二人は、本格的な「曙貴(あけたか)時代」に突入する。平成6年九州場所まで、幕内では曙が13勝8敗とリードしていたが、その後は貴乃花が、9年春まで6連勝した時点で16勝15敗と逆転。すると9年夏場所の本割、決定戦で曙が連勝し逆転優勝と、また互角の戦いを繰り広げる。千秋楽結びでの対戦は、史上最多の27回と、柏鵬の21回、輪湖の22回を上回り、優勝の懸かった対戦は14回もある。

 最後の対戦となった平成12年九州場所14日目は、曙が左四つから寄り切って11回目の優勝を決める。この一番で初土俵以来、決定戦も含めて25勝25敗、幕内での対戦成績は21勝21敗と全く互角になった。翌13年初場所後、曙はヒザの悪化で引退。初土俵以来13年間、優勝回数では貴乃花が大きくリードし、横綱時代はケガで引き立て役に回ることもあった曙だったが、最後まで力の限りを尽くしたライバル関係だった。

『名力士風雲録』第4号貴乃花掲載 

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