本日は『復刻双葉山』(本誌別冊夏季号=大横綱双葉山とその巨大な足跡)をお届けいただき、どうもありがとうございました。
※写真上=時津風部屋の居室で悠然と端座する時津風理事長。誰もがひれ伏してしまうような威厳の一方に、深く大きく温かい人間味を満々とたたえていた。相撲の美を極限まで追求したところに生まれた人物像――
写真:月刊相撲
長い人生には、誰にもエポックメーキングな瞬間があり、それはたいてい鮮やかな一シーンとなって人々の脳裏に刻まれている。
相撲ファンにも必ず、自分の人生に大きな感動と勇気を与えてくれた飛び切りの「一枚」というものがある――。
本企画では、写真や絵、書に限らず雑誌の表紙、ポスターに至るまで、各界の幅広い層の方々に、自身の心の支え、転機となった相撲にまつわる奇跡的な「一枚」をご披露いただく。
※月刊『相撲』に連載中の「私の“奇跡の一枚”」を一部編集。平成24年3月号掲載の第2回から、毎週火曜日に公開します。
ページを開くたびに出てくる懐かしい写真――いろいろなことを思い出し、涙が出て仕方がありませんでした(病気や年のせいで涙腺が緩んだせいもあるのでしょうが)。
私は前任(朝日新聞相撲担当)記者の高橋富城さん、また双葉山の親友・藤井恒男さんのおかげも大いにあって、双葉山の時津風理事長に積極的に近づかせていただき、かわいがってもらったと思っています。
なにせ、ラジオの実況で安藝ノ海に敗れたと聞いて泣いた子供のとき(小学校3年生)からのファン。それが長じて朝日新聞の運動部員になったら、思いもかけず九州場所ができ(昭和32年)、相撲担当になったのですから、熱が上がったのも当然でした。
先に書いたように、大双葉の時津風理事長のことを思い出すときりがありませんが、弟子の大関豊山の不振時に、その理由を親方に尋ねたところ、「それが分かれば、君に言う前に本人に言うよ。それほど相撲というのは難しいんだ」と言われ、それまで「立ち合いがどうこう」書いていた自分が恥ずかしくなり、猛省した思いがあります。
また、ある日両国からの帰り、蔵前(国技館)に寄ったところ、理事長の運転手をしていた中村君が、「ちょうど良いところに来てくださった……いま、オヤジの機嫌が悪いので頼みます」とのこと。そこで2階の理事長室に行くと、「なんだッ!」ときた。私が少々ビビりながらもことの次第を説明すると、「あのバカ野郎!」と一瞬の沈黙。だがすぐに「しかし、波多野君、いいところに来た。お茶を飲んでいけ」と言いながら、“ナントカ麦茶?”を、あの大きな寿司屋茶碗になみなみと注いでくれるではありませんか。これではいかな小生でもしっかりいただかざるをえず、閉口しました。小さな胃袋でなんとか飲み干すと、「どうだ、うまいだろう。また飲みに来いよ」とさらなる追い打ち! 私は膨れた腹を抱えながらその場を辞しましたが、帰路、あの人にお茶を入れてもらった人間も、そうはいないだろうと、思ったものでした。
また、私の息子が生まれたとき、「お祝いは何がいいか」と聞かれたので、「結構です」と辞退すると、「(いいから)何とか言え」。そこで私は「では色紙を一枚」とお願いしました。それからは、会うたびに「待ってくれ、まだ書いていない」と言われるので、「結構ですよ、気合が入ったときに……」と申し上げているうちに、健康を壊され、ついに亡くなられてしまったのは、返す返すも残念でした。
双葉山の土俵における功績は、今さら言うまでもなく、こんな調子で、細かいことまで大双葉の思い出を書き出すときりがありません。
双葉山に間近で接することができた人間にとして、いま、あらためてすごかったなあと思い起こすのは、あの、悠揚迫らぬ貫禄、何とも言えぬ威厳と人間的魅力です。最近の言葉で言えばオーラとでもいうのでしょうか、あれほど人をふれふさせるものを持っていた人は、長い記者生活でもほかに見たことがありません。
ここに、さまざまなことを思い出させ、老生の心までときめかせてくれた『復刻双葉山』に、あらためて御礼を申し上げる次第です。
語り部=波多野 亮(元朝日新聞・相撲記者クラブ会友)
月刊『相撲』平成28年9月号掲載
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