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2026-06-28

三冠ヘビー2度戴冠“平成の不沈艦”ジョー・ドーリングさんが44歳の若さで脳腫瘍により逝去【週刊プロレス】

三冠ヘビー級王者のジョー・ドーリングさん(2017年10月)

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元三冠ヘビー級王者のジョー・ドーリングさん(本名ジョセフ・ドーリング)が6月26日午前9時13分(現地時間、以下同じ)、脳腫瘍によりオハイオ州コロンバスで亡くなった。享年44。

1982年8月12日、イリノイ州シカゴで生まれたドーリングさんは母の影響でプロレスファンに。スコット・ダモールの指導を受け、2004年12月、デトロイトから国境を越えた対岸のカナダ・オンタリオ州ウインザーのBCW(ボーダーシティ・レスリング)でデビュー。その後、米インディー団体、TNAを経て2007年6月に全日本プロレスに初来日を果たした。

同年暮れには武藤敬司と組んで「世界最強タッグ決定リーグ戦」を制覇。彼にとって初めて手にした勲章で、「俺が自伝を残すとしたら、絶対に書き記しておかなねばならない出来事だ」と笑顔で語っていたのが印象的だった。

ラリアットとレボリューションボム(旋回式ジャンピング・パワーボム)をフィニッシュ技として使用し、ラフ&パワー主体のアグレッシブな闘いは“平成版スタン・ハンセン”といわれるスタイル。2010年にはWWEのファームであるFCW入りを果たし、ドレイク・ブリューワーの名でデビュー。同年6月には一軍昇格を果たしていたヨシ・タツとも対戦しているが、短期間で契約を打ち切られた。

復帰した全日本マットでは諏訪魔と組んでのエボリューションで大暴れ。2014年7月には、その諏訪魔を破って三冠ヘビー級王座を獲得。10月にはデビューした団体であるBCWに参戦、ライノ相手に同王座を防衛を果たしているほか、その前の5月には新日本プロレスとの合同興行で棚橋弘至とのタッグ対決も実現している。

2016年3月、「チャンピオン・カーニバル」の出場メンバーとして発表されながらも、直前に脳腫瘍と診断されキャンセル。開頭手術を受けた。同年11月に来日し、両国国技館のリング上から復帰を宣言。翌2017年1月2日の新春大会でカムバックを果たした。

同年10月21日、横浜文化体育館で諏訪魔を破って、三冠ヘビー級王座に返り咲く。ドーリングさん自身、この試合が生涯で一番印象に残っている瞬間だと明かしていた。

2019年いっぱいで全日本を離れたドーリングさんは主戦場をTNA(インパクト・レスリング)に移したが、2022年8月、脳腫瘍を再発。2度目の手術を機に引退を決意。

最後のリングは2023年4月29日、ドイツ・ドレスデンのERW。その後、治療に専念していたが2025年11月に再々発。2026年6月23日にホスピスに入所、その3日後に亡くなった。

レスラーとして最も脂がのる時期に脳腫瘍と診断され、10年間、闘い続けたドーリングさん。復帰を果たしているものの、病魔に侵されていなかったら、全日本に限らず日本マット全体でのエース外国人としての活躍が期待できただけに残念だ。謹んでご冥福をお祈りいたします。

橋爪哲也

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