7月12日、古舘伊知郎さんがNOAH7・18インテックス大阪でABEMA生中継の実況を務めることが決定。古舘さんは77~87年までテレビ朝日の新日本「ワールドプロレスリング」で実況を担当し、その後も98年4月のアントニオ猪木引退試合などには駆けつけていたが、今年のNOAH1・1日本武道館で本格復帰。王者・高橋ヒロムvs挑戦者・AMAKUSAのGHCジュニアヘビー級選手権試合に“古舘節”で彩りを加えていた。古舘さんはNOAH7・18インテックス大阪では王者・丸藤正道vs挑戦者・拳王のGHCナショナル選手権試合を担当。方舟真夏のビッグマッチが迫ってくる中で、大会に向けた意気込みを聞いた。 ◎
――NOAH2度目の実況が近づいてきましたが、現在はどんな心境でしょうか?
古舘 怖いです。1回目の方が怖くない。1回目は何が何だかわからない。とりあえずやってみようって緊張感はありますけど、2回目ともなるとお客さんはもっと厳しくなるだろうから。昨年10月の両国国技館はポーンって唐突に出てきて、ゲスト解説で昔のプロレスの話ばっかしてんじゃねぇ!って言われるのは当然。今年1月にNOAHで初めて実況をやらせてもらって、懐かしいなって思う人も含めて、ちょっとは甘い採点をしてくれたと思うんですよ。「ああこういう店あったな。懐かしい味だね、このラーメン」って1回目は甘い感想になるけど、もう1回行ってみると厳しい採点になると思うんですよ。ノスタルジーとかオマケがついてないから。でも、やりたいからやるわけで。ちゃんと準備して、後悔がないように、またお客さんが興奮してくれるような実況をやらないといけないと思っています。
――NOAH1・1日本武道館が終わって、なぜ今回もやりたいと思ったのでしょうか?
古舘 やっぱり1回やると麻薬みたいなもんで収まりがつかない。昔、毎週毎週やって、くせがついて、しゃべり手で売れたいと思ってる気持ちが満たされるのがプロレス。リングサイドに座って実況して育ってるから、それが抜けないんでしょうね。もう1回、死ぬ前までに実況して興奮を味わいたいって火が着いちゃったんじゃないですかね(笑)。そうじゃなかったら、1回やって「NOAHさん、ありがとうございました」でいいわけであって。引退できないしがみつき、執着。1回味わったから1回で終われないって火が着いちゃって…昔、焼け木杭には火が着いたとかよく言ったんですけど(笑)。毎回毎回、自分が衰えていくことをチェックするというか。もう限界は近いわけですからね。実況寿命っていうのもあるんです。70歳を超えて、プロレスに限らずスポーツ実況をやるってあり得ないわけですよ。老害とか若者を邪魔してるって言われるのは当然だと思います。でも、そういう意味では変わり種で目立ちたいって欲もあるかもしれないって今気づいた。
――古舘さんの実況魂に火を着ける熱が現在のNOAHにはあるということでしょうか?
古舘 ありますね。面白い。白熱してる。自分がしゃべってきたプロレスとまた様変わりしてるのも面白いし。「ああ、このパターンね」って思えない。レスラーのマイクパフォーマンスの違いとか。ボクがやってた頃、マイクパフォーマンスが面白いなんて猪木さんぐらい。あの人は例外だけど、今はOZAWAにしても(Yoshiki)Inamuraにしても、拳王にしても、丸藤にしても、うまいじゃないですか。随分変わっちゃった。「遊園地ってこんなもんだろ」って言ってたジジイがUSJに行って「面白いね!」とか言ってるわけですよ。だったら、見るだけでいいのに、仕事でしゃべろうとしてるんだから失礼な話ですよ(笑)。でも、それがすごく楽しいんですよ。
――今回、GHCナショナル選手権を担当しますが、この一戦をどういうふうに見ていますか?
古舘 この2人について調べていくうちに、だんだん見えてきました。2人の違いが鮮明になってきたし、色合いがまったく違う天才肌同士。昔から世代闘争をしてきた間柄だけど、次の世代が出てきたら、同じ世代でくくられるように変容し始めてる。その変容ぶりがまたプロレスらしい。2人が闘ってきた歴史がまた違うフェーズに入ってきての7・18大阪なんだなって。しゃべりがいが出てくると同時にその分、怖さも出てきました。
――挑戦者の拳王選手がGHCナショナル王座だけではなく「副社長の座」も要求するなど戦前から仕掛けています。
古舘 拳王選手は“サディスティックな心肺機能”。日本拳法で世界を制するだけのポテンシャルがあって劣勢に回ってもすぐに蘇生する。あんなたくましいゾンビは見たことがない。それでいて、理屈っぽくて沈着冷静にロジックをまとめた上で相手の隙間をぬって「副社長の座をよこせ!」だとかも理詰めで言ってくる。ああやって外堀や内堀を埋めていく。まさに大坂夏の陣ですよね。
――1615年の夏、徳川家康陣営が豊臣家を滅ぼした闘いですね。
古舘 拳王は丸藤の“自由奔放な空飛ぶ本丸”の外堀&内堀を埋め始めてる。アレはほかの人にできない。どこからそういう発想が出てくるのってぐらい闘争本能がむき出し。丸藤の方はおっとりに見えるけど、ただ受けに回って横綱相撲ではないじゃないですか。もしかしたら、ちょっと封印した技も出すかもしれない。聞くところによると、最近の丸藤はヒザの治療もうまくいって、コンディションも上り調子。ただ受けに回るだけだと思えない。ワクワクですよね。
――丸藤選手は現在46歳ですが、今年5月にアルファ・ウルフ選手を破って、GHCナショナル王者になると狂い咲いていますからね。
古舘 丸藤さんの狂い咲きにクリンチ作戦ですよ。オレもしゃべりで狂い咲きたいわけですから(笑)。最後の狂い咲きですよ。丸藤サイドにつこうかな(笑)。偏向報道しよう(笑)。だけど、それを拳王の動きが許さないわけですよ。そうなるとどっちかに偏向しようなんてしゃべり手の余裕は全部吹っ飛ぶ。リング上の主役同士がすごいからね。
――現在のNOAHについてはどういうふうに見ていますか?
古舘 立体的ですよね。いくつ舞台があるのかって。ボクがやってた頃のプロレスはTVライトが当たって明るいリングと、魔界の暗がりの場外、エプロンサイドは魔界への結界。そういう陰陽というか。もともとモノクロの力道山時代の頃から見てる。黒と白。吉村道明の流血がどす黒い血。カラーになる前のモノクロのプロレスから見てる。やっぱりツートーンなんですよ、ボクの実況の原点は。アントニオ猪木の新日本プロレスも明るみと暗がりの世界。でも、NOAHは万華鏡かってぐらい。エプロンが第2のリングでしょ。魔界である場外に向かって空中殺法も出るし、とんでもない大技を場外に決めようとする。それでまた領域がパラレルワールドみたいに広がっていく。別次元がフイっと出てきて、丸藤なんかは細い鉄柵に乗っかってとんでもないこともやる。どれだけ立体的なんだと。五次元ぐらいに見えるし、闘う量子力学ですよね。だから、NOAHは面白いですよ。
――現在、NOAHは清宮海斗、OZAWA、Inamuraの“方舟御三家”が頭角を現していますが、どう思いますか?
古舘 バリエーションがすごいですよね。清宮、OZAWA、Inamura以外にもEitaとかいっぱいいますよね。テーマパークみたいにいろんなアトラクションがある。昔は前座から試合が続いて、落語の寄席と同じ。最後の3試合ぐらいが生中継なり、録画中継。今のNOAHは違う。すべての試合がメインでもセミでもおかしくない。ものすごいカラフルな世界になってますよね。これを進化って呼ぶんでしょうね。ボクがやってた時も力道山時代から猪木さんが変えたり創ったりして進化させてきたけど。今のNOAHはみんなキャラ立ちして、何なんですかね。
――多様化している現在の写し鏡ですね。
古舘 今はフィルターバブル、切り取り動画でドーパミン中毒の時代。そうなると何が起きるかというと分断。多様性が出てきていい面もあるけど、分断が起きて老若男女のヒット曲なんて生まれない。これを今のNOAHが利用してるんですよ。OZAWAが清宮を貶めて、拳王が丸藤から副社長の座を奪おうとする。多様性で自分と違う考えの人間と対立して、それぞれの主張を展開してることがNOAHの盛り上がりを支えてる。そうするとキャラが立ちやすい。OZAWAなんかそこらへんをうまく使ってますよね。分断をあえて誘う。新日本プロレスでラダーが炎上したら、それをOZAWAはすぐに使う。あんな怖いことやれるのは自信があるからなんでしょうね。そういうふうに世の中の悪い現象もすくい取って、リング上の闘いに落とし込める。だから、プロレスは社会学なんですよ。こういうことを言うと「うるさい」って言われるから気をつけないといけないですよね(笑)。
――NOAH7・18インテックス大阪は見逃せないですね。
古舘 すごい試合ばかり。ボクが担当するGHCナショナル選手権もお互いに退路を断って、死力を振り絞ってやるだろうから。得意技の切り返し合いになる。絶対に実況が追いつかない。ボクも昔の自分にしがみつかずに、じっくり見ないといけないと思ってます。初めから飛ばしていったら、こっちがスタミナ切れを起こすかもしれない。しっかりと当日まで準備して、臨もうと思っています。