元大関大受の朝日山親方(昭和25年3月19日生まれ)が、65歳の停年を迎え、平成27(2015)年春場所を限りに相撲界を去った。このニュースを聞いて、彼が同い年で“角界のプリンス”と言われた貴ノ花とともに「貴受時代」を期待され出したころを懐かしく思い出した。
※写真上=大関になってからは苦戦続きの土俵人生だったため、なんとなく暗いイメージを持つファンが多いが、大受の朝日山親方は本来この表紙そのままの穏やかで誠実な人なのである
写真:月刊相撲
長い人生には、誰にもエポックメーキングな瞬間があり、それはたいてい鮮やかな一シーンとなって人々の脳裏に刻まれている。
相撲ファンにも必ず、自分の人生に大きな感動と勇気を与えてくれた飛び切りの「一枚」というものがある――。
本企画では、写真や絵、書に限らず雑誌の表紙、ポスターに至るまで、各界の幅広い層の方々に、自身の心の支え、転機となった相撲にまつわる奇跡的な「一枚」をご披露いただく。
※月刊『相撲』に連載中の「私の“奇跡の一枚”」を一部編集。平成24年3月号掲載の第2回から、毎週火曜日に公開します。
昭和の大横綱大鵬が引退し、「北玉時代」がまさに本格化していた時期。若手では貴ノ花・大受という二人が、その体型から相撲ぶり、性格まで好対照で、注目を集めており、ヤングパワーの象徴だった。
同じ25年生まれだった貴ノ花の二子山親方(2月19日生まれ)も生きていれば65歳、相次いで停年を迎えていたことになる――。
同い年の好敵手というのはファンの興味を強く駆り立てる。さらにその生い立ち、性格、体格、相撲ぶり、行動が対照的となると、なおさらである。
片や貴ノ花は名横綱を兄に持つサラブレッドで、スマートな顔立ち、大型力士に対すると悲愴とまで見えるソップ型での四つ相撲、生まれながらに備えたスター性、話題性。こなた大受は土の匂いのする男。肩幅も広く身も厚いアンコ型で黙々とした押し相撲、性格も地味。二人はまさに好対照だった。
巡業中は二人でよく稽古する一方、アンコとソップのセットで重宝がられて、よく横綱(北の富士、玉の海)の稽古相手にかり出されていた。
入門当時から注目を集めた貴ノ花は、十両、幕内と華々しく史上最年少記録を更新していく。大受もその姿を追うように19歳で新十両、20歳で幕内に。
写真は昭和46年5月号(夏場所展望号)の表紙。伊勢神宮から始まった春巡業の様子を楽しく伝えるとともに、激しく競い合う21歳の二人について「大関はどっちが?」という特集も組んでいる。
伊勢神宮の翌日の巡業地、三重県熊野市の木元海岸で撮影したものである。海岸ふちでの露天興行で、力士たちは、それぞれテントを抜け出しては太平洋の波と新鮮な空気を楽しんでいた。
二人にこの海岸での撮影を依頼したのは私だが、まだ入社3年目ということもあって、OKをもらい大興奮。自分のカメラにひそかにカラーフィルムを用意した。当時高価で、素人にはほとんど扱わせてもらえなかったカラースライド(印刷用)のフィルムを、人生の記念にと、自前のカメラにセットしたのである。
浮き浮きとしながらも当日同行のカメラマンの邪魔にならないよう撮影を終えた私は、伊勢湾の強烈な光線にも負けぬさわやかで明るいオーラを見ただけで満足、現像に出すことすら忘れてしまっていた。
ところが、帰京後、何かしらの事故でカメラマン撮影のフィルムがすべて失敗し、使い物にならないというニュースが飛び込んできた。あわてて私のフィルムを現像したところ、これがどうにか写っていたということで、なんと私の写真が表紙に昇格!
お陰で4月29日の結婚式が控えていた私は、この号を「新郎が勤務する編集部の雑誌で、この表紙も新郎撮影によるもの」という紹介付きで引き出物に加えさせていただくことができたのだった。
その後40数年、私の写真が表紙を飾ったことは、もちろん一度もない。
語り部=下家義久(元『相撲』編集長)
月刊『相撲』平成27年5月号掲載
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