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2026-09-08

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第41回「失敗」その1

のち粂川親方となった元幕内双ツ龍の現役時代

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この世の中、どこを突っついても一点のスキもない完璧な人間なんか、いません。
みんな、どこかになんらかの弱点や傷を秘めているものです。
だから、大小はともかく、失敗、ミスをしでかすんですね。
でも、失敗するのも人間らしくていいじゃないですか。
なんの失敗もしない人間なんか、きっとつまらなくて、肩が凝って、付き合えたものじゃありませんよ。
大相撲界にも失敗談は山ほど転がっています。
それも漫画チックなものからシビア過ぎるものまで、実にさまざまです。
そんなミステークにまつわるエピソードです。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

歯も手も抜いた

ただほど高くつくものはない。昭和20年代から30年代にかけて八頭身力士として鳴らした3代前の粂川親方(元幕内双ツ龍)がまだ審判委員をやっていた頃のことだ。ある日、突然、奥歯がズキズキと痛くなった。歯医者に行きたくとも、ちょうど九州場所中で、保険証は東京の自宅に置きっぱなし、歯科医院もどこにあるのか、分からない。やむなく宿舎でウンウンうなっていると、後援者のひとりがやってきて、「親方、額に脂汗なんかかいて、どうしたの?」と聞いた。

「いやあ、夕べから歯が痛くってどうしようもないんだ」

と言うと、

「どれ、診てあげよう。オレ、歯医者なんだ」

と身を乗り出した。天の助けとはこのことで、やれ、うれしい、と粂川親方が口をあ~んと開けると、のぞきこんだその歯医者は、

「わあ、これはひどい虫歯で、手の施しようがない。抜かなくちゃダメだ。よし、これからオレが抜いてあげよう。えっ、治療代? 何言ってんの。オレと親方の仲じゃないか。一銭もいらない。ただで抜いてやるよ」

と胸を叩いた。

こうして、粂川親方はその日のうちにその歯医者の病院で無事に歯を抜いてもらった。ところが、時間が経っても相変わらず奥歯が傷んでしようがない。おかしいな、もう虫歯は抜いたはずなのに、と思いながら、再びさっきの歯科医院を訪れると、くだんの歯医者は口の中をのぞき込みながらこう言った。

「えっ、痛かったのはこの歯だったの? ありゃあ、いかん。間違って隣のいい歯を抜いちゃた」

おお、ミステーク。相手が料金の取れない患者だと思って、歯を抜くとき、手も抜いたのだ。

後日、雑談で歯の話が出るたびに、粂川親方はアゴをさすりながらこう話したものだった。

「笑い話にもなりはしねえ。ただじゃ、文句も言えないしなあ。やっぱり歯医者だけはちゃんとお金を払って行ったほうがいいぞ」

この、暇があると新聞を読み、話題も豊富だった粂川親方が亡くなったのは平成18(2006)年2月。月日の経つのは早い。

月刊『相撲』平成26年3月号掲載

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