愛プロ20周年大会で長男として
ベルト姿を見せるためにも…
――2024年4月26日に上野勇希のKO-D無差別級王座に挑戦した時、DDT現世代を体感したわけですが、そこでの手応えはどんなものだったんですか。
彰人 全然やっていけると思いました。上野くんが勝った試合ですけど、フィールドでいったら自分の世界観にしたとは思えたんで。あれほどのスキルのある今のトップ選手を引きずり込んで、自分の世界観でやれたのも自信につながりましたし、スタミナ的には終盤シンドくなりましたけど体力的に息が上がって動けなくなって負けたかといったらそうじゃなかったんで。だから、普段はほかの選手に任せる立場にはなっても、いつでもいける準備をしていることに意義があるんです。今日、タイトルマッチをやってよと言われてもできるためのことを常にやっている。これはHARASHIMAさんの教えです。いつ代打でタイトルマッチに出ても、いいコンディションでいなきゃいけないよと。
――実際、HARASHIMA選手は飯伏幸太選手が出られなくなってその日の朝に坂口征夫選手の無差別級王座に挑戦することになり、見事なタイトルマッチを見せたことがありました。
彰人 だから僕は、そういうことをちゃんと教えてくれる人に恵まれたんです。
――名古屋から東京へ出てきた時は、数年後の未来さえどうなるかわからなかったですが、それがこういう形になっていることをどう受け止めますか。
彰人 僕はスポルティーバに入団する時点で「プロレスで飯を食っていく」って宣言したのを今でも憶えています。斉藤涼オーナーと面接した時に「君はプロレスで何になりたいの? プロレスによってどうしたいの?」と聞かれて、そう答えました。そうしたら「プロレスって飯食えないから。食える選手はメジャー団体の一握りで、インディーでやっている選手は手に職をつけてプロレスと並行してやっている人間が多い。それってかなりハードルが高いことだけどやれんの?」って振られて「やりますよ。今、プロレスで飯を食っていくって宣言しましたから」と答えたら、面白いやつだなって思っていただけたみたいで、明日から練習に来なよと入れてもらえた。スタートからそういう意識はありましたね。
――それを最初の時点で言えたというのも大した若者だと思います。
彰人 プロレスで飯が食えるようになりたいから、踏み台にしていいかみたいな悪い話なんですけど「そのためにいつかは東京へいきますけど、いいですか?」まで言いました。でも、オーナーは「いいよ。ステップアップして東京にいって大きくなってくれたら。君がそこまでの人間になるならウチはかまわない」って言ってくださったんです。
――斉藤会長…熱いですね。
彰人 「そのためには全力でサポートするし、ウチからそういうレスラーが出たっていうのが一つの実績になるから」ということで、東京へ出ていく前提で入団させてもらった。ただ、今思うと何も考えていなかったし、業界のこと知らなすぎたし、尖っているから言えたんですよね。僕は新日本プロレスや全日本プロレスやNOAH、闘龍門ばかり見ていて、プロレスだけで食えていないインディー団体の試合は動画でしか見ていなくて現状を知らなかった。
――副社長という立場になることで、若い時に言っていたプロレスで食うことが保証される立場になれました。
彰人 東京に出てきてからも、プロレスで生業を立てたいというのは意識の中にずっとあったんですけど、それが“プロレスラー”か“プロレス”かで切り口が違ってくる。それこそ入江さんの時に気づいたんですけど、僕はプロレスラーとして飯を食うんじゃなくて、プロレスで飯を食いたい人間なんだって、あの時に方向転換できたのは大きかったです。
――それがなかったら、プレイヤーに固執していたかもしれない。
彰人 そうなんですよ。入江さんのような人がいなかったら考えることなくキャリアを積んでいたかもしれないし、あの時に考える時間を与えてくださったのが大きかった。
――どちらがチャンピオンとして目の前に立つかはともかく、勝てばDDTのチャンピオンを務めていく立場になります。
彰人 そこに関しては、やっぱりUNIVERSALのコンセプトは大事にしようと思っています。もともとは外に向けたベルトという位置づけだった中で、僕は今の立場があるし、他団体から出てきた人間っていうのもあって自分のコネクション使って外の人間と防衛戦を重ねることで、DDTを周知させていきたいというのは今の時点で明確にあります。
――自分が外に出るのと、外の選手をDDTに招へいするのを並行していくと。だとすると、外に向けてよりアンテナを張らなきゃいけなくなりますね。
彰人 そうですね。僕がベルト持たない限り、外と勝負することってないと思うんですよ。だから、外と勝負するための一つのツールとして持ちたいっていうのはあります。それこそ入江さんと僕が今後のプロレスキャリア中で試合をする可能性って、高いか低いかで言ったら低いと思っているんです。でも、UNIVERSALのベルトを持てば自分で入江茂弘を挑戦者にするのが可能になる。やっぱり自分が発言権というか、個を出していいのはベルトを持った時だと思うので、そのためにも巻きたいと思っているんです。
――これまで人を動かしていた立場の人間が、自分を自由に動かせる権利があのベルトにはあります。
彰人 僕はこの数年、彰人というストーリーを動かしてこなかった。それを動かすためには、ベルトがないとなっていうのがある。名古屋つながりという物語を描くのであれば、阿部史典ともやってみたいというのがあるし。去年(6・7品川)に高鹿と組んで阿部と野村卓矢選手のKO-Dタッグに挑戦した時、試合後にリング上でもう一回阿部とちゃんとした試合をするためにも、もうちょっとだけ頑張るよとリング上で話したんです。
――名古屋時代からつながる物語を、今のDDTという器の中で作品として提供できるようになれたら、あの頃を思うと…ってなりますよね。観客が数えるほどしかいないスポルティーバアリーナのリングでやっていた者同士のプロレスが、人を引きつけるものになるんだという。
彰人 みんなが活躍するごとに物語として成長していっているのは嬉しいです。阿部は斉藤オーナーを「オヤジ」って呼ぶんですけど「オヤジが鼻高々に語れる存在でありたい」ってよく言っている。それは、あの頃の名古屋にいた人間も、そして今の名古屋を支えている選手たちもみんなが思っていることのはずです。スポルティーバでデビューしてよかったなと本心で思えますし、あの頃にプロレスのいいところも悪いところも、業界のいいところも悪いところも全部見たと思っているんで。初めの時点で理想的な部分だけでなく悪いところを全部見せてくれたのが、今となってはよかったんです。
――理想論だけではやっていけない現実をちゃんと学べた。
彰人 その上で、どう這い上がっていこうかを考えさせてくれたのは大きかったですね。
――11月1日に、自身がデビュー戦をおこなった大会「愛プロレス博」が20周年記念大会を開催し、彰人選手も出場します。
彰人 青木真也がスポルティーバの大会出るって…なかなかですよ! 過去に長島☆自演乙☆雄一郎さんが参戦されたことがあったんですけど、青木真也と自演乙の両名が出たことがあるローカルプロレス団体って、まあないでしょう。そのスポルティーバができるきっかけになった愛プロが20年続いたというのも、実家を守ってくれているなあと思います。斉藤さんが、もうやめようかなと弱気になっていたことは何度もあったんですけど、その都度にちゃんとケツを叩いてよかったなというか。名古屋へ帰るたびに会いにいくんですけど、時には弱音を聞かされるんです。名古屋でその苦労を見ている選手やスタッフには「また彰人がケツを叩きに来て焚き付けている」と怒られるんですけど、それもあって続けてくれているのはありがたい。帰る家がそこにあるっていうのは何ものにも代え難いですから。
――阿部選手も同じことを言います。
彰人 一度はスポルティーバアリーナも閉鎖して、実家がなくなった時の寂しさをみんなが知っているだけに、思いは同じなんですよね。
――その実家を守ってくれているオヤジさんにベルト姿を見せるのも大事ですけど、今現在、名古屋で頑張っている未来ある選手たちに見せることも大切だと思うんです。
彰人 そうですよね。清水(佑)や大舘(裕太=全盲のレスラー)、名島アリたちが守ってくれているのもありがたいし。これまで僕はそういうことができていなかったというか、EXTREMEを獲ったことはあれど岩本煌史のように(全日本プロレスの)世界ジュニアヘビー級のベルトを誇らしく持って帰るというのはしたことがないので、一度ぐらいは長男としてしなきゃいけないですよね。ちょうど最近、オーナーと一緒に飲んだ時にデビュー戦の話になってあの時、大谷晋二郎さんとできてよかったってなったんです。僕はあまり表立って言ったことはなかったんですけど、大谷さんがケガをされてからSNSとかで触れなかったんです。それは、どういう言葉を出しても薄っぺらくなると思ったからだったんですけど、会いにいけていないのが自分の中でまだ引っかかっている部分で。でも今、大谷さんを目の前にしたら号泣して喋れなくなっちゃう気がして。これを見たら逆に大谷さんは苦しいし、嬉しくないだろうから会いにいけないっていうのがあるんですよねって、斉藤さんに話をしたら「いや、俺もなんだよ。俺もケガした時に何かコメントを出したくても出せなかったし、まだ一回も会いにいけていないから、彰人が何かを成し遂げた時でもいいし、スポルティーバとして何か成し遂げた時に2人で一回会いにいこう」ってなって…大谷さんも愛プロの歴史を作ってくれた方だと思っているんで。11月の20周年大会は現地に来ていただくのはやはり難しいので、映像をどこかのタイミングで大谷さんに見ていただきたい。やっぱり届けたいんです。DDT とはまた別の話ですけど、スポルティーバでやっていることを届けたい。
――その映像の中に、ベルト姿の自分を入れたいですよね。
彰人 そうですね。ベルトを巻きたいという欲はなくとも、ベルトを巻くことの意義は持っているので。DDTのためにと同じように、自分ではないものに対する思いでプロレスラーは動けますから。