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2019-10-29

野球のコンディショニング科学 「ウオームアップでのスタティックストレッチは悪影響?」

コンディショニングとは「目的を達成するために必要と考えられる、あらゆる要素をより良い状態に整えること」を意味する。選手それぞれが持つ個性をパフォーマンス発揮へとつなげるための情報を得て、しっかりと活用しよう。
※本記事はベースボール・クリニック2016年11月号掲載「野球のコンディショニング科学~知的ベースボールプレーヤーへの道~」の内容を再編集したものです。

文◎笠原政志(国際武道大学体育学部准教授)

第15回「ウオームアップでのスタティックストレッチは悪影響?」

スタティックストレッチングがハイパワー能力を低下させる?

 ウオーミングアップでは、筋温を高め、スピードリハーサルをして神経系の準備をすることが大切であることはこれまで紹介してきました。

 さらにウオーミングアップでは、必要な柔軟性を高める、もしくは確保することも重要です。野球選手にとって柔軟性の欠如は傷害につながるため、ウオーミングアップにおいてストレッチングをして最大限に可動域を高めることが求められます。

 第14回ではストレッチングの種類と特徴について紹介しました。

 その中でも少し触れましたが、スタティックストレッチングをウオーミングアップ中に行うことは、その後の運動パフォーマンスに悪影響を及ぼすという研究報告が近年なされています。
 そこで今回は、ウオーミングアップでのスタティックストレッチングの活用法について紹介します。

 スタティックストレッチングとは、反動をつけずにゆっくりと対象部位を伸ばす方法で、教科書的には30~60秒のストレッチングが推奨されています。
 先に述べたウオーミングアップ中のスタティックストレッチングがその後の運動パフォーマンスを低下させるメカニズムは、ゆっくりと伸ばすことで筋が緩み過ぎてしまい、ジャンプなどのハイパワーの運動をする際に素早い筋収縮をすることを妨げてしまうということです(図A)。

 しかしながら、実際の現場ではスタティックストレッチングをした直後にジャンプや全力疾走などをする機会はほとんどありません。従って、こうした研究結果が必ずしも実際の現場に当てはまるとは言えないのです。

 また、この情報には説明されていない部分があります。
 スタティックストレッチングと運動パフォーマンスの関係について分析してみると、運動パフォーマンスが低下しているという報告ではストレッチングを1部位に対して30秒以上行っていることが分かります。一方、運動パフォーマンスが低下していないという報告を整理すると、1部位30秒未満となっています(図B)。

 従って、ウオーミングアップ中に行うスタティックストレッチングは、1部位に対して30秒以上行うと運動パフォーマンスが低下する恐れがあるものの、30秒未満であればその影響は少ないのです。
 さらに、ダイナミックストレッチング(主動筋を収縮させ拮抗筋を伸ばす方法)や専門的ウオーミングアップと組み合わせれば、運動パフォーマンスが低下することはないと考えられます。

ウオーミングアップは状況に合わせることが大切

 これらのことを踏まえて、ウオーミングアップ中にスタティックストレッチングを実施する場合には、「スタティックストレッチングで可動域を広げる」→「広げた可動域で十分な筋収縮ができるようにダイナミックストレッチングをして、動きやすい体をつくる」→「投動作や打撃をイメージした専門的なウオーミングアップや競技関連動作への導入を行う」のが、現時点での良いやり方の一つだと考えられます(図C)。

 ただし、これはあくまでウオーミングアップにおいて柔軟性を獲得するという目的でのストレッチングの活用です。これまでの連載で示したように、筋温を上げるためにジョギングをすることや、神経系の準備(スピードリハーサル)といったことも見逃してはいけません。

 今回紹介したスタティックストレッチングと運動パフォーマンスの関係については、すべて下半身を対象としたものです。当然、体のメカニズムは下半身も上半身も同じであるため、この結果は参考になりますが、野球における投げる・打つといった動作については明らかにされていないことを付け加えておきます。

 さらに、季節が違えばウオーミングアップのやり方も異なります。冬場はスタティックストレッチングを長く行うことが理想的であるとは言えません。ダイナミックストレッチングのほうが有効になるでしょう。

 情報は、そのままうのみにするのではなく、その結果が示す意味を理解した上で、状況に合わせて現場で活用することを心がけましょう。

かさはらまさし/1979年千葉県出身。習志野高校―国際武道大学。高校まで野球部で活動し、3年時には主将。大学卒業後は同大学院を修了し、国際武道大学トレーニング室のアスレティックトレーナーとして勤務。その後は鹿屋体育大学大学院博士後期課程を修了し、2015年にはオーストラリア国立スポーツ科学研究所客員研究員としてオリンピック選手のサポートを歴任。専門はアスレティックトレーニング、コンディショニング科学。現在は国際武道大学にてアスレティックトレーナー教育を行いながら、アスリートの競技力向上と障害予防に関わる研究活動を行っている。学術博士(体育学)、日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー、NSCA認定ストレングス&コンディショニングスペシャリスト、日本トレーニング指導者協会公認上級トレーニング指導士、JPSUスポーツトレーナー。

文責◎ベースボール・クリニック編集部

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