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2019-09-09

スペシャル対談河合純一(日本身体障がい者水泳連盟会長)×高橋繁浩(日本マスターズ水泳協会会長)垣根を超えて、より良い環境を

日本マスターズ水泳協会と日本身体障がい者水泳連盟の共通する活動目的に、水泳を通し、会員がより健康で豊かな生活を送るための支援を掲げている。今回、日本マスターズ水泳協会の高橋繁浩会長(写真右)と、日本身体障がい者水泳連盟の河合純一会長(写真左)にご登場いただき、2020年東京オリンピック・パラリンピックを目前にして活気づく水泳界で互いがどのような協力関係を結べるか、目指すべきものは何か、語り合っていただいた。

写真/東京2020を前に対談を行った、日本マスターズ水泳協会の高橋繁浩会長(写真右)と、日本身体障がい者水泳連盟の河合純一会長(写真左)

すべての人が水泳を楽しめる環境を

――河合会長のご提案で実現した今回の対談。まず高橋会長とお話されたいと思った気持ちから教えてください。

【河合純一会長(以下、河合】 日本マスターズ水泳協会の会員さんには、体の不自由さ、不便さを抱えているご高齢の方もいらっしゃるはずです。我々と類似する課題を持っていらっしゃるのでは、と思いました。たとえば、年齢を重ねて「プールって不便なんだな」と感じるようになった方もいるでしょう。高橋会長とはそんな方が抱える問題や様々な価値観を共有し、2020年以降にも繋がる水泳界の成功のため、ともに歩んでいく方法についてお話したいと思いました。

【高橋繁浩会長(以下、高橋】 確かに、マスターズには幅広い年齢の会員の方がいて、世界大会には、海外からも90歳を超えた方がご家族の同行で来られたりします。車いすに乗って「先生、今回も来たよ~」とご挨拶してくれます。でも、大会へ来るには様々な不便があるはずなんです。バリアフリー化されていない面はまだまだたくさんあります。
 とはいえ、それらの問題をいま一気に解決できるかというと、そう簡単な話ではありません。そこで我々マスターズとして必要なのは、お互いが協力し合うという考え方なのかなと思っているんです。2020年大会が開催されることで、障がい者の方々の不便さについて知る機会も増えています。東京2020がもたらす価値の一つでしょう。ハード面はすぐには変えられないかもしれませんが、ソフト面は変えやすい時期を迎えています。

――もともと日本マスターズ水泳協会には、障がいのある選手を大会に受け入れ、協力する姿勢があったとお聞きしています。

【高橋】 20年以上前から障がいのある方にもマスターズ大会に出場していただいています。障がいのクラスも幅広く、両手足が欠損されている方もいれば、視覚障がい、聴覚障がいの方もいらっしゃいます。参加申し込みのとき、障がいについて申請していただくようになっていて、競技役員が対応できることは準備し、障がいの重さによって十分対応できない場合はプールサイドに介助の方に来ていただくという対応しています。

【河合】 実際、私が出場していたときもそうでした。一人でターンができないので、タッピングという頭を叩く補助の方を認めていただいていました。我々にとっては、こうしてマスターズが柔軟に対応してくださり、大会への出場機会をくださることが、本当にありがたいんです。「Take your mark」を聞いて、本番で泳ぎ切ることが何よりの練習になりますが、我々の連盟で大会を開催できるのは、全国クラスで年間3大会が精いっぱい。多くの役員やボランティアの方が必要ですし、いま障がいのある方のためだけに大会を作り続けることに限界を感じています。
 そこで当連盟以外の様々な競技会に出させていただきたいのですが、現状ですと、施設がバリアフリー化されていないなどの理由で出場が断られることがありますし、出場しても失格になってしまう大会もあるんです。たとえば、片腕の選手がバタフライに出場したとき、両手でタッチしていないから失格だと。とくにジュニア選手が地方の大会に出たときなど、そういうことが起きています。たしかに日本水泳連盟のルールには則っているかもしれませんが、出場した大会で記録が出ないとなると、とくに小中学生はつらいですよ。その子が本当の意味で水泳を好きでいてくれる環境ではないのかなと思ってしまうんです。

【高橋】 そういう意味でもマスターズは柔軟ですね。片腕の方のバタフライなら、両腕があるものとして記録も認めている状況です。また手足が欠損している方が平泳ぎに出た場合も、多くの方が普段イメージする平泳ぎとは泳ぎが異なるかもしれませんが、その方が平泳ぎというなら平泳ぎ。そういう形でやらせていただいています。

東京2020は世界を変えるソフトパワーに

――それぞれの普及への取り組みについてもお聞かせください。登録人数は日本マスターズ水泳協会が4万1000人、日本身体障がい者水泳連盟が650人だそうですね。

【河合】 大会に出場していないだけで、水泳をしている身体障がい者はもっといるはずです。日本の身体障がい者数は400万人弱と言われているので、もっと多くの人に水泳を始めてもらいたいのですが、水着になることへの抵抗感が大きい人もいますし、バリアフリー化が不十分という問題もありますね。ただ水泳には浮力という魅力があり、車いすの人でも車いすなしで動ける楽しさがある。そういう魅力をうまく伝えたいと思っています。

【高橋】 私たちは生涯スポーツとしての水泳に親しんでもらう会員さんを増やすことが目的ですが、じつは近年、競技性が高くなっていることが一つの問題なんです(苦笑)。以前は水泳経験のない、もしくはあまりない方が楽しむ舞台がマスターズ大会だったのですが、いまはどんどん強い人が参戦して記録が驚くほど高くなっている。そのため本来、参加していただきたい層の方々が「私たちにはおこがましい」と二の足を踏んでしまっている現実があります。だから、いかに敷居の高さを抑えるか、いろんな方に参加してもらいやすい大会にするかが課題なんです。もしかしたら、身体障がいを持つ400万人のなかには大会に出たくても、敷居が高いと感じている人が多いかもしれませんよ。

【河合】 おっしゃる通りですね。そんなこともあって私たちは「世界ゆるスポーツ協会」という団体に協力していただき、誰でも一緒にプールで楽しめる”ゆるスポーツ”を開発しているんです。”ゆるプル”と名付けています(笑)。(ゆるプル https://yurusports.com/sports/yurupool)
 水球の帽子の上にお皿をつくって、スポンジのボールをリレーしていく“カッパリレー”や“シンクロしないズドスイミング”など、誰でも一緒にできて楽しいというのが特徴です。とくに障がいがある多くの子どもたちに楽しさを感じてもらい、長く続けてもらえるきっかけにしたいと思っています。

【高橋】 それならうちも同じことを考えています。三世代の親子リレーはすでに実施していますし、もっと遊びから一般の人やビギナーの人たちに大会に参加してもらえる取り組みをしていきたいんです。また2021年には神戸市で関西ワールドマスターズゲームズという総合競技大会が開催されるため、私たちは競泳以外の種目の運営にも携わり始めました。競技の広げ方として、足が着く場所での「ゆる水球」や「ゆるアーティスティックスイミング」を普及させるのもいいなと思っています。足が着いても、ゲームする楽しさや演技する楽しさはあるはずですから。

【河合】 そんなふうにいろんな人がプールで一緒に楽しんだり、大会に参加する機会が増えれば、見えていなかった他者への気遣いのような意識改革が必ず生まれていきますよね。我々の連盟のことだけでいえば、来年、「パラ水泳春季記録会」で決まる東京パラリンピック代表の泳ぎを多くの人が見れば、水泳を頑張りたい障がいを持つ子も絶対出てくるはず。我々は彼ら、彼女らの夢を育む環境をつくることに力を注がなければと思っています。さらに障がいの有無や性別、年齢に関係なく、水泳環境をよくしていきたいというのが私のブレない気持ちですね。

【高橋】 私は東京オリンピック・パラリンピックに対して、勝った負けたではない部分にも注目しています。来日した外国人が「日本にはごみ箱がないのにきれいだ」と驚いたりする様子を見て、「そういう観点で日本を見るんだ」と感じたりする機会があると思うんです。そんな学びの延長線上に互いへの理解があります。それらが水泳界も含めた世界を変えていくソフトパワーになると思うので、東京2020に期待しています。

――今日はありがとうございました。

※東京2020パラリンピック競技大会の代表は来春行われる「2020 パラ水泳春季記録会」で決定する。http://paraswim.jp/

対談者プロフィール
河合純一
かわい・じゅんいち●1975年4月19日生まれ、静岡県出身。筑波大学附属盲学校高等部―早稲田大。1992年バルセロナ大会を皮切りに2012年ロンドン大会まで6大会連続でパラリンピックに出場し、5個の金メダルを含む計21個のメダルを獲得。2016年には国際パラリンピック殿堂に、日本人として初めて選出された。パラ競技の普及活動にも携わり、2013年から現職。

対談者プロフィール
高橋繁浩
たかはし・しげひろ●1965年6月15日生まれ、滋賀県出身。尾道高(広島)―中京高(愛知)―中京大。中学時代から平泳ぎで全国トップクラスの選手として活躍。1984年ロサンゼルス五輪に出場後、一度は引退したが、その後復帰して1988年ソウル五輪に出場を果たし、自身が保持していた200mの日本記録を10年ぶりに更新した。1990年から中京大教員となり、1994年から同水泳部の指導に携わる。現在は同大スポーツ科学部教授、および水泳部部長。また2014年からは日本マスターズ水泳協会会長を務め、水泳競技の普及、発展に尽力している。

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