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2019-09-07

【競泳・歴代トップスイマー比較考察】第18回:女子背泳ぎ K・コベントリー(ジンバブエ/2000年代)×R・スミス(米国)

野口智博氏による競泳・歴代トップスイマー比較考察。今回は2004年アテネ五輪・2008年北京五輪200m背泳ぎ金メダリストのカースティ・コベントリーと、リーガン・スミスです。

写真/2000年代を代表する背泳ぎ選手のコベントリー(左)と、光州世界選手権で驚異の世界新記録をたたき出したスミス(写真◎Getty Images)

 カースティ・コベントリーの出現は、世界中の多くの人にジンバブエという国を知るきっかけを作りました。まだ私がテレビやラジオでオリンピック解説をしていたころに、全盛期を迎えたコベントリー。必然的に私もコベントリーの国籍や経歴を調べるわけですが、まずは「ん? ジンバブエってどこよ?」と思い、インターネットで調べたりして、ジンバブエドルの暴落を知り、それ以来、友人に借りた小銭を返すときに「何億ジンバブエドル?」とネタ化したりしたものでした(笑)。北京五輪での日本は、リレーメンバー含め6人で5個のメダルを獲りましたが、彼女はたったひとりで、日本と1個しか変わらない4個のメダルを、ジンバブエにもたらしました。経済的に困窮を極めた国から、どうやって彼女が世界の頂点へと上り詰めたのかという疑問は、彼女が頑張れば頑張るほど、増していく一方でした。
 対するは、先日の世界選手権女子200m背泳ぎ準決勝で、そのコベントリーが高速水着時代に樹立した当時の世界記録を1秒46も更新。メリッサ・フランクリン(米国)の世界記録を0秒71も上回り世界を驚かせた、17歳のリーガン・スミス(米国)。
 ジュニア時代からフランクリンの年齢別記録を塗り替え、注目されてはいたものの、まさかここまでとは…想定外の成長の早さと強さで、今まさに世界中の水泳関係者の注目を浴びている選手のひとりです。

両者の泳法比較

 ふたりの泳ぎを見比べてみると、リカバリー、入水、キャッチ、プル、プッシュ各局面の動作や、キックのリズム、打ち方など、あまり大きな違いは感じませんでした。ふたりの間にもの凄く大きな違いがあるとすれば、テンポとストローク数。
 コベントリーのテンポは、1ストロークにつき1.4秒〜1.5秒なのに対し、スミスは最初から最後まで1.3秒台の安定したストロークのテンポを刻みます(図1)。

 ストローク数は、巡航ペースで比べるとコベントリーが50mにつき32回前後(参考動画は最初の50m以外は編集されているので、正確なストローク数がカウントできず)なのに対し、スミスは38。テンポで0秒1スミスが速く、ストローク数ではスミスがおおむね6かき多いという点です。やはりどの種目もそうですが、近年の競泳では、泳ぎを大きくするというより、ストロークタイム(テンポ)をいかに速く維持できるかが、トップを張るための条件になっているように思えます。
 図2では、彼女たちの50mごとのスプリットタイムが比較できますが、前半の100までのペースワークは二人ともほとんど変わりません。しかし、スミスの後半100の持続力は驚異的とも言えますね。彼女のラスト50mは、ターン後にしっかり潜って40ストロークかいています。ピッチを上げてストロークを増やしてペースを維持させようとしていますが、0秒04ほどペースが落ちていました。このことについては、あとでじっくり述べたいと思います。

時代が変わっても変わらないもの

 彼女らの泳ぎの動画を左右に並べて観察していると、時代の流れに左右されない「背泳ぎが速くなる条件」のようなものを感じます。
 例えば、姿勢。
 ふたりが泳いでいるときの、頭の位置をよく見てください。頭で水を切っている位置が、ほとんどぶれることなく安定しています。以前、入江陵介選手(イトマン東進)がペットボトルを額に載せて背泳ぎを泳いで、姿勢の安定性を示していました。彼女らはペットボトルではなく、シャンパングラスを3段くらい積んで載せても、そのまま倒さずに200m泳ぎきれるのではないかと思えるほど、頭の位置がぶれません。少し前には、カティンカ・ホズー(ハンガリー)のように少々頭が上下に動いても、パワーとテンポで最後まで押し通すような泳ぎが出現し、さらにそこからストローク技術を進化させて、プルの加速を高くしたカイリー・マス(カナダ)のような泳ぎが出現してきました。しかし、ここにきてこのふたりの泳ぎを見ると、とりわけスミスの頭の位置の安定性に至っては「一周回って入江に戻ってきた」と印象づけられます。
 水中映像を見ると、両者のフィニッシュ動作の深さが確認できます。腰の位置より深く手先で水を押しきっています。ここまでしっかり押しきって、コベントリーより0秒1テンポが速いスミスは、やはりパワーがあるのかな…と推測していますが…。
 キャッチも、入水後に一度、前方へのストレッチが入り、肘を曲げて手先を徐々に加速させてプル局面へ入るところなども共通しています。マスと比べると加速度の高さという点では劣るように見えますが、スミスのテンポの速さを考えると、速いテンポを優先し、泳ぎのリズムを重視してトレーニングを積んでいるようにも思えます。一方、コベントリーは腕の入水後に一瞬、肘関節が逆方向へ曲がっているように見えます。おそらく、先天的な肘関節過伸展なのだろうと思いますが、背泳ぎのトップスイマーは結構そういう資質を持っている選手が多い印象を受けます。そういう選手は、理由は定かではないものの、肩関節の柔軟性が高い選手が多いですよね? コベントリーはバタフライもクロールも柔らかく水をキャッチし、推進効率よく泳ぐ選手でしたので、やはりそういう資質によるものだったのかな…とも思えます。ただ、肘関節過伸展の選手は、必然的にプルの軌道が長くなってしまうので、ピッチを上げるためにはかなり筋力を高めなければならないということも、加えておきたいと思います。

日本選手へのヒントも

 もう一つ、このふたりに共通しているのは「長いプル局面」です。コベントリーの参考動画では1分8秒付近と、1分57秒付近。スミスの参考動画では3分49秒付近、それぞれほんの2〜3秒ですが、手前側の腕の水中動作をよく見てください。キャッチ後に肘を曲げたまま、肘が腰の方へ真っすぐ移動していきます。すなわち、腕で引っ掛けている水を、広背筋の力で足方向へ引っ張って推進力を高めている様子が、確認できます。いわゆる「プル局面」が長いということです。この肘の「引き」動きの長さが、レース序盤から終盤にかけて十分に確保されているため、ふたりともプルの推進力を一定以上に保てているのです。
 スミスにまだ伸び代があるとすると、ラスト50m。この局面でプルの長さを維持しながらテンポを上げていますが、ターンのある100から150mの局面より0秒04ほどペースが落ちます。もう少し広背筋の筋力が強くなると、あげたテンポが泳速度に反映されるようになります。この辺はまだ18歳が故に…なのかもしれませんが、そう考えると末恐ろしいですね。
 日本の背泳ぎ…とりわけ女子の選手は、このプル局面が短く、肘を伸ばす「プッシュ」局面を重視しすぎている傾向がよく見られます。1ストローク中の広背筋の稼働時間(水を押している時間)が、このふたりに比べると短いということです。この点が、テンポの早さ(筋力)と合わせて、世界に置いていかれている要因の一つではないかと考えており、日本女子背泳ぎ陣にとっては、大きな飛躍のヒントにもなろうかと思います。

  ふたりの水泳人生は本当に対照的です。スミスは、ジュニア時代から有名なコーチのもとで英才教育を受け、10代で世界へ羽ばたきました。コベントリーは経済難の国で頭角を現し、IOCスカラシップ(奨学金)を受けて米国へ留学。その後、ジンバブエ初の女性金メダリストとなりました。でも、このふたりがよく似た技術を用いて、世界の舞台で戦っているという点が、水泳という競技の面白さというか、世界共通である水の物理的特性に支えられた競技なんだ…ということを、示しているようにも思えました。

文◎野口智博(日本大文理学部教授)

参考動画:カースティ・コベントリー 2009年ローマ世界選手権決勝

Kirsty Coventry ZIM 200m backstroke new world record FINA world championships 2009

www.youtube.com

参考動画:リーガン・スミス 2019年世界選手権準決勝

Regan Smith shatters Missy Franklin's World Record in 200m backstroke | NBC Sports

www.youtube.com

プロフィール

カースティ・コベントリー(Kirsty Coventry)◎1983年9月16日生まれ、ジンバブエ・ハラレ出身。2000年代を代表する女性スイマー。2004年アテネ五輪では200m背泳ぎ金メダル、100m背泳ぎ2位、200m個人メドレー3位。2008年北京五輪では200m背泳ぎで2分5秒24の世界新記録で連覇を達成した。

リーガン・スミス(Regan Smith)◎2002年2月9日生まれ、米国・ミネソタ州出身。2017年にブダペスト世界選手権200m背泳ぎで8位入賞、世界ジュニア選手権で100、200m背泳ぎの2冠を獲得し注目を集めると、2018年パンパシフィック選手権では200m背泳ぎ3位。2019年光州世界選手権では200m背泳ぎ準決勝で2分3秒35の世界新記録を樹立。決勝でも2分3秒69で泳ぎ金メダルを獲得した。

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