今回は1984年ロサンゼルス五輪のリック・ケアリーと、2016年リオ五輪のライアン・マーフィーという、オリンピック男子背泳ぎ&メドレーリレーの3冠対決です。
※写真上=200m背泳ぎで世界で2番目に2分を切ったケアリー(左)と現在、世界のトップに君臨するマーフィー
写真◎Getty Imges
ケアリーは200m背泳ぎにおいて世界で2番目に2分を切った選手で、いつも「ノーゴーグル」で泳ぐ姿と、ローリングのたびにギョロッと目線を左右に振りながら泳ぐ姿が印象的な選手でした。プルのリカバリーがオーバーリーチ(身体の中心軸より少しクロス気味に手先が入水する)になり、身体が横にクネりそうになるのを、目線を逆側に向けることで中心軸を維持させていたんですね。でもあの目線が左右をギョロッ、ギョロッとする感じが面白くてよく見入ったものです。スタンドで応援していたファンからすると「あ、目が合った!」ってなる確率が高い泳ぎで、ファンを作りやすい泳ぎであると言えるでしょう。
対するマーフィーは、意外にも彼はリオがオリンピック初出場。世界選手権も2015年カザン大会が初出場で、24歳という年齢のわりには新鋭(笑)。現在、ロシアのエフゲニー・リロフや中国の徐嘉余などがひしめく群雄割拠のこの種目で、100mで51秒85の世界記録を持つマーフィーは、200mでもアーロン・ピアソルが高速水着時代に出した世界記録(1分51秒92/2009年)を破る最有力候補の選手です。
まず、彼らの200mのペース配分を見てみます。
ケアリーは前半58秒52、後半1分0秒34で、前後半の差が1秒82。マーフィーは前半55秒56、後半58秒06で、前後半の差が2秒50。
ケアリーの時代は、背泳ぎのターンの際に手を壁についてから回転動作に入らねばならなかったため、実質ターンタイムは今より0.8秒くらい余計に時間がかかりますが、その分を差し引くと、ケアリーのペース配分はほぼイーブンに近かったと考えることができます。
マーフィーの前後半の差は、ターンのルールが変わったことや、ターン後のバサロの距離が増えたことなどにより、前半の酸素負債が後半のペースの低下に影響をしているものと、推測することができるかと思います。
★表/ケアリーとマーフィーのストローク数の比較
0-50 50-100 100-150 150-200
ケアリー 35 37 38 42
マーフィー 29 31 31 33
ふたりのストローク数を数えてみると、そのあたりはもっと顕著です。各ラップにつき6〜9ストロークほど、マーフィーの方が少ないです。泳ぎの違いについては後述しますが、やはり近年は潜る距離が伸びていることが、ストローク数の違いに大きな影響を及ぼしていると考えられます。
レース中のテンポの推移を見てみると、ケアリーの方が終始速いテンポで泳いでいるのが確認できます。ケアリーは、第2ラップ(50~100m区間)で少しひと息つき、第3ラップ(100~150m区間)でギアを上げて、最後の50mでスパートしている様子がうかがえます。一方でマーフィーはというと、最初の50mをゆったり泳いで、そこから段々ギアを上げてラスト50mに至っています。
面白いことに、ふたりとも第3ラップの方が第4ラップより速いです。最後にピッチを上げてストロークを増やしているものの、ふたりとも最後の50mはペースが落ちています。ケアリーの時代は先に述べたように、ターンの際に手で壁にタッチしていましたので、ターンの回転動作からゴールタッチまでの時間が第4ラップのタイムに反映されてしまうため、若干仕方がない感じもします。むしろ、200mのレースでは勝負所となる第3ラップでテンポを上げてスピードをいったん上げられたことが、ケアリーを世界のトップに君臨させたといえるでしょう。後年、「打倒ケアリー」を目標に頑張った旧ソ連のセルゲイ・ザボロトノフやイゴール・ポリャンスキーらの、後半のスタミナが並外れていたことが、この時代の「2バックの勝ち方」を示していると思えます。
マーフィーの場合はクイックターンでそのまま回れるにもかかわらず、ラスト50mが若干遅くなっています。この辺りが、「潜れるがゆえ」の後半のペース維持の難しさなのかもしれません。ピアソルの高速水着の時代は、このターン局面での加速の高さが、区間の泳速度の高さに影響を及ぼしていたと考えることができますが、その壁はなかなか高いのかもしれません。いずれにしても、潜る局面の速さを生かした上で、後半100mの泳ぎ方については、ケアリーの展開がひとつの見本になるかもしれません。
泳ぎ全体を動画で見てみると、ふたりの違いはプル動作にあると思えます。
参考動画◎ケアリー(1984年ロサンゼルス五輪)
参考動画◎マーフィー
https://www.youtube.com/watch?v=xoRQQQVK_W4&t=205s
ケアリーのプルは、この時代にしては結構深いところをかくプルだったと思えます。入水からキャッチ局面が速く、更に強い加速をしてプルからフィニッシュへ向かっています。泳ぎ全体のテンポがマーフィーより速いのは、腕の入水からキャッチまでの時間が短いことが、反映されているのだと思います。
一方でマーフィーの方は、入水〜キャッチまでワンテンポ置くような形で、確実に肘を曲げて、腕全体で水をキャッチしている様子が動画から見てとれます。ケアリーの時代よりも、とらえている水の量というか、腕の面を大きく使って水をガッチリとブロックしている感じが見てとれます。ケアリーよりもテンポが上がらないのは、きっととらえている水の量が多いため、一気に腕の動きを加速させることが難しいのではないかと考えることができます。
しかし、ふたりに共通しているのは、リカバリーの加速性。
腕を抜き上げる局面では、肩を支点にして腕がゆっくり動き始めるのですが、リカバリーが進むにつれて徐々に動きが速くなり、入水の際には一瞬にして腕が水中へ沈んで行きます。これが何を示すか?
リカバリーの加速は、逆側の腕のプル動作の加速も反映します。ということは、ふたりともプルの手の加速度が高い泳ぎであるということができます。手の加速性の高さはプルの推進効率に影響しますので、ふたりともその原理はしっかりと守って泳いでいるということでしょう。
それにしても、今のターンのルールだったら、ケアリーはいったい何秒で泳げるのかな…。ターン1回0.8秒違うとして、3回のターンで2.4秒。単純計算で1分56秒4くらいではいけますよね。さらに今はスタートデバイス(バックストロークレッジ)を使えますし、水着も現代のレース用水着にすると、スタートから15mも0.5秒は違うと思えますので、どう低く見積もっても1分55秒くらいの力は、35年前にあったということですね。今回いろいろと観察してみて、改めて彼の凄さが認識できたような気がしました。
文◎野口智博(日本大学文理学部教授)
●Profile
リック・ケアリー(Rick Carey)●1963年3月13日生まれ、米国・ニューヨーク州出身。1980年代に活躍した男子背泳ぎの第一人者。世界選手権では1982年グアヤキル大会で200m金、100m銀、1984年ロサンゼルス五輪では100、200mに加え400mメドレーリレーで3冠に輝いた。
ライアン・マーフィー(Ryan Murphy)●1995年7月2日生まれ、米国・イリノイ州出身。現在、世界の男子背泳ぎ界を引っ張る選手として君臨。2016年リオ五輪では世界新記録を樹立した100m、200mと400mメドレーリレーで3冠に輝いている。
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