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2017-11-01

【コーチ、マニア必読連載】 歴代トップスイマー比較考察 第1回:男子長距離 V・サルニコフ(旧ソ連/1980年代)× G・パルトリニエリ(イタリア/現在)

 歴史に名を残したスイマーを、時空を超えてピックアップし比較するスイマガWeb初連載。解説は、本誌・海外トップスイマーの技術解説「テクニカル・フォーカス」でお馴染みの野口智博氏。国内外の競泳史の流れ、技術論に造詣が深い野口氏独自の視点で月1~2回の頻度でご紹介していきます。
 第1回目は男子長距離。対象選手は1980年代に活躍したV・サルニコフ(旧ソ連)と、昨年のリオ五輪、今年の世界選手権の1500m覇者であるG・パルトリニエリ(イタリア)です。

1970年代後半から80年代にかけて活躍したサルニコフはレース後半に向けてペースを上げるタイプの選手。常にブレないピッチを刻む泳法から「精密機械」の異名をとった
写真:Getty Images

現在の男子1500m自由形の王者に君臨するパルトリニエリの特徴はプルで推進力を生み出す泳ぎ
写真:Getty Images

レースペースから見る2人の特徴

 ウラジミール・サルニコフとグレゴリオ・パルトリニエリの共通項は、どちらも1ストローク・2キックで、ストローク頻度(ピッチ)重視の泳ぎであるという点です。サルニコフは、左右の足裏と甲を、キックの切り換えの際に一度合わせる「ダブルクロスオーバー」というタイプの2キック。パルトリニエリは、自然でオーソドックスな2キックですが、時折スパートのタイミングなどで6キックを挟みこみます。では、2人の泳ぎの違いはどこにあるのでしょう?

【図1】1500m自由形の各区間のラップタイムの変化

「図1」は、1500mレース中の、両者の100mごとのラップタイムの変化を示したものです。パルトリニエリの方が、前半からだいぶ速く泳いでいます。統計の手法で「線形近似」をしてみると、サルニコフとパルトリニエリの線の傾きが、逆方向に向いていますね。後方へと徐々に上がる(徐々に遅くなっている)パルトリニエリに対して、後半に向けて線が下向きになる(徐々に早くなっている)サルニコフというペーシングの違いが見えてきます。

【図2】最初の100mラップを基準にしたそれ以降の各区間のラップの変化率

「図2」は、最初の100m通過タイムを基準にして、以降をそこから何パーセントくらい落として展開していたかを示したものです。サルニコフは最初の100mから200mが最も遅く、400m以降はかなり精密にペースを刻み、残り300mでロングスパートをかけていました。これが「精密機械」などの異名がついた理由です。対してパルトリニエリは、400m以降は5%低下した状態を維持し、残り200mが速くなるパターン。同じ2キックなのにこの違いを生んだ、2人の泳ぎの相違点は…というと、大きく分けて2つあります。

相違点を生み出す要因

 まずターンアウト(壁を蹴った後の動作)の違い。サルニコフの時代は「1500mを直線で泳ぐ」イメージで「ピッチのリズムをターンで崩さない」ことが基本でした。したがって、ターン後は素早く浮き上がるよう、指導されていました。現代では、水面へのブレイクアウト(浮き上がり)前は水中に潜った方が、造波抵抗が小さく高い速度で泳ぎ出しやすいといことが知られており、長距離でもターン後に潜行し、ドルフィンキックを1〜2回入れるのが一般的です。そのため、泳ぎ出しで生じる速度の高さの違いが、区間速度の違いの一つ目の要因でしょう。

ウラジミール・サルニコフ(Vladimir Salnikov)●1960年3月21日生まれ、旧ソ連・レニングラード出身。1980年モスクワ大会では400、1500m自由形、88年ソウル五輪では1500m自由形でオリンピック金メダルを手にしたサルニコフ。人類史上初めて1500m自由形で15分の壁を破った選手でもある
写真:Getty Images

 もう一つは、ストロークの違い。サルニコフの泳ぎは入水後に速く指先を下方向へ向けて沈め、軽く肘が立った時点でプル動作に入るという「肩を中心に、手が円を描く」ストロークでした。一方、パルトリニエリは、入水後に軽くグライドして肘をしっかり高くして、サルニコフより前方でキャッチからプル動作を始めます。サルニコフに比べると、指先が少し浅いところをかいている感じですが、「より遠く前方にある水を、後ろへ引っぱり押し出す」ようにしています。それを、サルニコフに近いピッチで泳ぐわけですから、プルで生み出す推進力は高くなるのです。しかし、それが故に腕の負担は大きく、サルニコフのような後傾型の展開は、やりにくいと言えるでしょう。

グレゴリオ・パルトリニエリ(Gregorio Paltrinieri)●1994年9月5日生まれ、イタリア・カルピ出身。2012年から1500m自由形で世界ランクトップ10入り。14年からは4年連続同1位で、2016年リオ五輪、17年ブダペスト世界選手権では同種目連覇を果たしている現在の第一人者。
写真:Getty Images

 興味深いのは、2人とも1000~1100mのラップが一旦上がっていたこと(図2参照)。長距離選手にとっては、脈も苦しく腕もパンパンになろうとするこの距離で、ペースを上げるのは、かなり至難の業とされていました。しかし、1980年代と現代という、時代が違っても「誰もが嫌がるところで抜きん出る」…という意識は、この距離で勝ち抜くための必要条件であることを、示しているように感じます。

文/野口智博(日本大文理学部教授)

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