今大会優勝候補の一つに挙げられる東海大相模(神奈川)は、初戦の近江(滋賀)戦に6対1で快勝し、8月16日の中京学院大中京(岐阜)戦に臨む。同校の背番号1を背負う紫藤大輝は初戦で3番手としてマウンドに上がった。
※上写真=東海大相模の背番号1を背負う紫藤
写真◎田中慎一郎
東海大相模と近江の初戦。近江が5点を追う8回裏、二死満塁で有馬諒が打席に立つと球場中が異様な熱気に包まれた。
近江はこの試合6失策。ミスがミスを呼ぶ状況で選手たちは本来の力を発揮できておらず、一方的な展開に見ている者は歯がゆい気持ちになっていた。
そんな中、この試合初めての得点の好機に巡ってきたのがチームの四番打者の打席となれば、観客は無意識に「奇跡」を祈ってしまう。こんなときに甲子園のヒーローは生まれるのだろう。
しかし、ヒーローの裏には敵役がいる。
有馬の打席からマウンドに立ったのが紫藤大輝だった。紫藤の投球がボールと判定されるごとに沸き起こる拍手と歓声。結果はフォアボールで、この押し出しの1点が近江の唯一の得点となった。
試合後、勝利に喜ぶチームメートの中で紫藤は1人浮かない顔をしていた。
「試合が初めてということもあって、腕が振れていませんでした。スタンドの雰囲気に飲み込まれた部分もあったと思います。甲子園は負けているほうへの応援がすごいと聞いてはいたんですけど……」
強豪・東海大相模で背番号1を勝ち取った男だ。厳しい場面での登板も経験してきている。
それでも甲子園のマウンドに立つ緊張感、それに加えてまるで球場中が応援しているような相手と対峙する孤独感を跳ねのけることは難しい。9回に1アウトを取るまでは落ち着くことができなかったという。
ただ、楽しいと感じる対戦もあった。9回二死一塁、最後の打席に迎えた浅野太輝との勝負だ。
「こんな言い方変かもしれませんけど、笑っちゃったんです」
3ボール1ストライクから6球ファウルで粘られた末、11球目で空振り三振。最後の1アウトは果てしなく遠かったが、ファウルを重ねるごとに加熱する周囲の反応に惑わされることなく、目の前の打者との対戦に集中した。
一方の浅野もまた、自然と笑っていたという。
「とにかく次の打者につなぐことを考えて打席に入りました。粘っていればフォアボールで出塁できると思い食らいついていましたけど、見逃せずアウトコースへの真っすぐを振ってしまいました」
冷静に自分の役割に徹しようとしながらも、最後は思わずバットを出してしまった。悔しさは当然のことながら、一瞬の気も抜けない真剣勝負の面白さもあったことだろう。それが対峙する2人の表情に表れた。
誰かに思いを託して、祈り、驚き、嘆き、喜べるからこそ、甲子園は人々を魅了する。
しかし、そうした周囲の声を忘れて、目の前の相手との勝負に没頭する喜びは、舞台に立つ選手しか得ることのできない特権だ。
紫藤は3回戦以降も苦しい場面での登板が予想される。1つでも多く「笑ってしまう」ほど夢中になれる対戦があることを期待したい。
文◎佐野知香(ベースボール・クリニック編集部)
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