女子100mH日本記録保持者の寺田明日香選手。引退、結婚、出産、7人制ラグビーへの挑戦を経て、6年ぶりに復帰し、その9か月後に日本記録を更新しました。5歳の娘を育てるママであり、東京オリンピック出場と決勝進出を目指す寺田選手が「ママアスリート」に感じる違和感とは?
2019年のドーハ世界選手権に出場した寺田選手。娘の果緒ちゃんもドーハに応援に来てくれた(撮影/中野英聡・陸上競技マガジン)
「ママさんアスリート」
競技活動をする私は、よくこのように呼ばれています。私自身のSNSでも、「#ママアスリート」というハッシュタグをつけて発信することもあります。ただ、これに対して少なからず何らかの違和感をお持ちになる方はいらっしゃるのではないでしょうか? 実をいうと、私もその違和感を抱いている一人です。
「ママさんアスリート」という言葉があるのならば、「パパさんアスリート」という言葉もあるべきなのでは、と思いますが、そういった言葉はあまり聞きません。男性アスリートのなかで、お子さんがいらっしゃる方は多いです。陸上競技だと、十種競技の右代啓祐選手(国士舘クラブ)や、やり投の新井涼平選手(スズキ浜松AC)は「パパさんアスリート」です。
なぜ「パパさんアスリート」の言葉はあまり使われないのに、「ママさんアスリート」は多く使われるのかと考えると、日本においてはパパでもアスリートをしている選手が圧倒的に多く、母親になってから競技に復帰して結果を残す女性アスリートはごく少数であることが、そもそもの理由だと思います。
そして、妊娠期から産後期の心身への負担は、圧倒的に女性の方が高いことと、今の社会が女性の社会進出や男女平等を目指しているという背景もあるのではないでしょうか。
世界に目を向けてみるとどうでしょうか。昨年行われたドーハ世界選手権では、100mのシェリー=アン・ フレーザー=プライス選手(ジャマイカ)、私も出場した100mHのニア・ アリ選手(アメリカ)が「ママさんアスリート」として優勝しました。オリンピックの最多メダル獲得数を持つアリソン・フェリックス選手(アメリカ)は出産して世界の舞台に戻ってきました。
優勝やメダル獲得には至らなくても、子どもを産んでからカムバックしている選手は多く存在します。
「日本人には難しい、無理」と言われていた記録を誰かが破ったとき、そのほかの選手は「私にもできるかもしれない!」「私もやってやる!」と、少し前まで手の届かないと思っていた記録も一気に手の届きそうなものに感じることがあります。
誰も超えたことがないものにチャレンジし、先陣を切って進んでいくのは、勇気がいることですし、もしかしたらすごく嫌なことが伴うかもしれません。ですが、誰かが壁の向こうに進んだ瞬間、その壁はもう万人にとって壁ではなくなります。
「ママさんアスリート」も同じで、誰かがやったとき、多くの人が「できるんだ」と思えるようになるのではないでしょうか。
私が「ママさんアスリート」として活動していると、「お子さんかわいいですね!」や、「結婚・出産と競技が両立できるならやりたいなぁ」と若い選手たちから言ってもらえることがあります。
若い選手に興味を持ってもらえることは、私にとって本当にうれしいことで、今の競技生活スタイルにチャレンジして良かったと思わせてもらえる瞬間でもあります。
日本人は、「大きな物を得るためにほかの物を捨てる」、ということをしがちに思いますが、「両方を得る」ためにどうしたら良いかを考えることは、決して悪いことではありません。
ただ、自分ひとりでできることには限りがあります。自分が進みたい道に進むには、誰かに頼る、助けてもらうことも必要になります。若いころの私は、「誰かに頼るなんて、絶対にしたくない」と思っていたし、自分ひとりで何でも解決したいと思っていました。今の私は、本当に多くの方々に助けていただきながら、競技をしています。
昨年の世界選手権で、アリ選手と子どもたちのウイニングランを見た娘は、「果緒も(ウイニングランを)やりたい! 今はママの足が遅いからできない!」と言っていました。なかなかそういった機会はないかもしれませんが、今の私のモチベーションは、そこにあります。
「ママさんアスリート」と呼ばれ、活動することにはまだまだ違和感があるのですが、「ママさんアスリート」が当たり前に選択肢のひとつとなるよう、目標に向かう過程や結果で示していきたいと思っています。
文/寺田明日香
※陸上競技マガジン3月号(2月14日発売号)に掲載したものです
てらだ・あすか◎1990年1月14日、北海道生まれ。柏丘中→恵庭北高→北海道ハイテクAC→パソナグループ。2008年の日本選手権100mHで史上最年少優勝を飾り、2010年まで三連覇。2009年のベルリン世界選手権に出場。2013年に引退し、結婚、出産を経て2016年8月に7人制ラグビー転向。2018年12月、陸上競技に復帰。2019年9月の富士北麓ワールドトライアルで12秒97(+1.2)を出し、19年ぶりに日本記録を更新した。同年のドーハ世界選手権に出場。東京五輪出場(標準記録12秒84)・決勝進出を目指している。
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