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2017-11-24

映画『ロッキー』に見る スポーツ科学

映画には多彩なジャンルがあるが、スポーツ映画の真骨頂といえば、やはり『ロッキー』シリーズ(1976~2006)ではないだろうか。主役のボクサー、ロッキー・バルボアを演じるシルヴェスター・スタローンの出世作で、76年に第1作が公開されて以来、現在までにスピンオフも含めて7作品が制作・公開され、成功を収めている。今回は、オリジナル(第1作)に出てくる、スポーツ科学にまつわるシーンや逸話をピックアップして、現代のスポーツ科学やエビデンスと比較してみたい。
※本稿は『コーチング・クリニック』の連載「アメリカ発スポーツ医・科学最新情報」2017年10月号に掲載した内容を再構成したものです。

わずかな上映館のスタートから徐々に評判を呼び、世界規模で大ヒットした『ロッキー』シリーズ。完結編と銘打たれた『ロッキー・ザ・ファイナル』(写真)は2006年に公開された
LAS VEGAS - DECEMBER 03: Actor Sylvester Stallone waves to the crowd as scenes from the film 'Rocky VI' are filmed before the start of the Bernard Hopkins and Jermain Taylor fight at the Mandalay Bay Events Center on December 3, 2005 in Las Vegas, Nevada. (Photo by Ethan Miller/Getty Images)

検証①
“ノーペイン・ノーゲイン”

『ロッキー』では、さまざまなトレーニングシーンが映画の至るところに登場する。
 フィラデルフィア美術館の階段を駆け上がる有名なシーンをはじめ、ジムでサンドバッグをたたくシーン、腕立て伏せをするシーン、精肉所で牛肉をパンチするシーン……。
 どのシーンにも共通して見られるのが、 自分の身体を極限まで追い込み疲労困憊になっている姿、そしてロッキーの顔面に表れるトレーニングの激しさと苦痛だ。トレーニングは激しくなくては効果が得られない、すなわち「ノーペイン・ノーゲイン」(痛みなくして成功なし)という概念の象徴ともいえるだろう。
 映画が公開されると、ロッキーが行っていたような激しいトレーニングが盛んに実践されるようになった。ところが、しばらくすると「トレーニングは賢く行うもので、痛みが起きるような強度で行わなくても十分効果が得られる」との概念に取って代わられ、一般の雑誌などでは、ノーペイン・ノーゲインが迷信のように扱われ始めた。

 しかし近年、その概念は再び覆されている。
 タバタプロトコルのように、高強度で行われる激しいインターバルトレーニングが注目を浴びているのだ。一般的にHIIT(High-Intensity Interval Training;ヒット)と呼ばれている。
 これは高強度の運動を短時間で、しかも全力で行うため、痛みなくして行えない運動方法であり、低~中強度の持久的な運動と比較したかなりの数の研究からも、HIITのトレーニング効果はより顕著に表れることが確認されている。

 また筋力トレーニングにおいては、重量を挙上するときよりも下ろすときにスポットを当てたスロトレも注目を浴びている。重量を下ろすとき、筋肉は伸ばされながら収縮(エキセントリック収縮)するため、筋肉に損傷を与えやすい状態になる。損傷した箇所を修繕・治癒することにより、筋肉がより強固となり、 筋力トレーニングの効果がより明確に出てくるのだ。

 筋肉の損傷に伴い、より大きな痛みが伴うのが難点だが、筋力トレーニングの分野でもノーペイン・ノーゲインの概念は通用する。このような実験結果を総括して見ると、ロッキーの方法は正解であるという結論に達するといっていい。

検証②
生卵のがぶ飲み

 ロッキーが朝4時にセットしておいた安そうな目覚まし時計で起きると、まっすぐ部屋の片隅にある冷蔵庫に向かい、コップに割り入れた5つの生卵を一気に飲み干し、そしてトレーニングへ出かけていくシーンがある。
 スポーツ栄養学の知識が多少ある人なら、おそらく指摘するのではないだろうか。「卵の白身はほとんどタンパク質だからいいけれど、黄身は主にコレステロールや脂肪だから、黄身を捨てて白身だけ飲めばよかったのに…」と。
 あるいは、「運動の直前にとるのはよくないのでは?」と指摘する人もいるかもしれない。

 しかし、近年のある研究では、コレステロールをより多く摂取した人のほうが、トレーニングによる筋力増加が著しかったとの報告がある。その理由は、テストステロンのような筋肥大を促進するホルモンは、そもそもコレステロールから産生されているためだ。すなわち、コレステロールを多く摂取することにより、より多くのホルモンが再生されて、筋力が向上するというわけである。
 また、最近の運動生理学では、どのタイミングでプロテインを摂取するのがよいか、よく議論されている。これについては、運動直前にプロテインを摂取したグループと、運動直後にプロテインを摂取したグループとの間には、筋力の増加に有意差はなかったとの結果が出ている。このことから、運動直前に食事をとると消化不良を起こすような体質でない限り、タイミング的にも運動直前に液状の生卵をとることにはさほど問題はないようだ。
 逆に、食後30~45分ほど時間を空けてから運動を開始すると、その頃には、血中のインシュリン値(血糖値をコントロールするホルモン)がピークを迎えているため、低血糖症になってしまう恐れがある。
 このことから、運動直前に摂取したほうが好影響だったといえるかもしれない。この点に関しても、ロッキーは正解といってよいだろう。

検証③
「女は脚にくるからやめとけ」

 ロッキーがペットショップで働くエイドリアンと恋愛を始めたとき、彼のトレーナーであるミッキーが、トレーニング中のロッキーに放った有名な言葉がある。
「ペット店の女には触れるなよ。女は脚にくるんだ」
 要するに、女性と性行為をすると、その疲れがボクシングの際に脚に顕著に出てくるため、試合前を控えた時期のそうした行為は控えろ、という助言だ。
 面白いことに、戦いやスポーツの試合の前の禁欲は、古代ギリシャ時代から戦士によって施行されていたもので、ロッキーに始まった話ではない。有名なボクサーであるモハメド・アリも、大事な試合の前には禁欲したことで知られている。

 実際のところ、試合直前の性交や自慰行為による射精が、アスリートにどのような影響を及ぼすのかは不明だ。しかしながら、一般的な性交がアスリートに与える影響を検討した研究は、多数発表されており、日頃から行っている性交がスポーツの成績に悪影響を与えるという結果は出ていない
 とはいえ、性交に対する反応にはかなりの個人差があり、ストレス解消と感じる選手もいれば、疲労感や不安感につながる選手もいるので、注意が必要といえるだろう。
 この点に関しては、ロッキーは間違っていたといえるかもしれないが、そもそもこの発言をしたのはロッキーではなくトレーナーのミッキー。よって、ロッキーはセーフということにしておこう。

大事な試合の前には禁欲していたというモハメド・アリ。この写真とは関係ないが、75年に行われたアリとチャック・ウェプナーとの一戦をテレビで観戦したスタローンが、わずか3日で脚本を書いたのが『ロッキー』だ
5th July 1975: Muhammad Ali, formerly known as Cassius Marcellus Clay, about to punch Hungarian-born British boxer Joe Bugner, in their title fight at the Merdeka Stadium in Kuala Lumpur. Ali won the fight, keeping his World Heavyweight title. (Photo by Central Press/Getty Images)

著者プロフィル
田中弘文(たなか・ひろふみ)
1966年、東京都生まれ。国際武道大学卒業。アメリカ・インディアナ州のボール州立大学大学院修士課程修了。テネシー大学大学院博士課程修了。コロラド大学助教授、テキサス大学助教授、ウイスコンシン大学准教授、テキサス大学准教授を経て現職。専門は運動生理学。

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