フェンシング女子フルーレ国内ランキング1位(4/19時点)の宮脇花綸選手は、昨年のワールドカップグランプリ上海大会で準優勝を飾り、アジア競技大会では団体優勝に輝いた。東京2020オリンピックでの活躍にも期待がかかる日本のエースに、スマイルスポーツのインタビューに答えてもらった。(※取材は4月19日に行いました)

上写真=東京オリンピックへの強い思いを語った宮脇花綸。女子フェンシング界を引っ張る存在だ

5歳からフェンシングを始めた宮脇選手は、一つひとつ自分なりの答えを導き出しながら成長してきた。小学4年生の時に全国大会で初優勝を飾ると、早くから日の丸をつけて海外遠征を経験。しかし、周囲の期待が高まっていくのとは裏腹に、彼女自身はフェンシングに本気で向き合うことには慎重だった。

「アスリートはハイリスク・ローリターンな世界だと思っていて、プロのアスリートとして、それを職業にするということに踏ん切りがつかなかったんです」

そんな彼女を変えたのが、北京オリンピック銀メダリストで、現・日本フェンシング協会の太田雄貴会長の言葉だ。高校1年の冬、共通の知人を介して太田会長と話をする機会に恵まれた。テーマは「オリンピックでメダルを獲ること」だった。

「私がオリンピックに行きたいという前提になっていることに驚いたんですが、オリンピックでメダルを獲るためにはどうするかという話をしていただきました。直近の目標、1年後の目標、4年後の目標を書くように言われて、そこに赤ペンでチェックを入れてもらったんです。お話をして太田さんはメダルを獲るべくして獲ったんだなということをすごく感じましたし、そこまでしないとメダルを獲れないということもわかりました。アスリートとしてフェンシングを続けることは自分にとって幸せなことだと思ったので、この時をきっかけにフェンシングのプロとしてオリンピックを目指そうと意識するようになりました」

一つずつ自分なりの答えを導き出してきた宮脇選手が、太田会長の言葉を聞いた高校1年の冬から目標としてきた舞台、東京2020オリンピックがいよいよ近づいてきた。ここではどんな答えを出そうとしているのだろうか?

「個人でも団体でも金メダルを獲るのが目標です。まったくできないことではないと思っています。自分自身で絶対にできると信じてオリンピックの舞台に立てるように、この1年はさらに結果にこだわっていきたいです」

こちらのインタビューのほか、フェンシングと意外な共通点があるという学生時代の得意科目や、フェンシングでの得意技など、宮脇選手のインタビューは、6月1日発行の(公財)東京都スポーツ文化事業団広報誌『スマイルスポーツVol.78』に掲載されています。

宮脇花綸(みやわき・かりん)
1997年2月4日生、東京都出身。(株)マイナビ所属。5歳のときに姉の影響でフェンシングを始める。2013年に日本代表チーム入りを果たし、2016年ジュニアワールドカップ個人優勝などの成績を残し、2018年はシニアのワールドカップグランプリ大会で個人準優勝、アジア競技大会では日本女子フルーレ史上初の団体優勝を成し遂げた。

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