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2021-01-15

【NFL】超大物マイヤーがジャガーズHCに 全米優勝3回、カレッジきっての名将

NFLジャガーズのHCに就任したアーバン・マイヤー。カレッジフットボールで全米優勝3回の実績を持つ=photo by Getty Images

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米プロフットボールNFLのジャクソンビル・ジャガーズのヘッドコーチ(HC)に、前オハイオ州立大学のHC、アーバン・マイヤーが就任した。現地1月14日、球団が公式に発表した。マイヤーはオハイオ州立大で2014年に、その前にはフロリダ大で2006年と2008年に全米王者となった経験を持つ、カレッジフットボール屈指の名将だが、NFLでのコーチ経験はない。超大物コーチのNFL転向に、全米のフットボールファンが大きな関心を寄せている。


開幕戦でコルツに勝ったが、そこから残り試合を全敗。今季リーグワーストの1勝15敗に終わったジャガースは、5年目のHCダグ・マローンを解雇、マイヤーとの交渉を重ねていた。

マイヤーは就任にあたり「ジャクソンビル・ジャガーズのコーチになる準備はできている 」と語った。

「ジャクソンビルには熱狂的なファンがいて、ファンは、勝利するチームになるのに値する。 来るべきドラフトでの(全体1位指名という)チャンス、そしてオーナーからの強力なサポート。ジャクソンビルは十分にトップレベルで戦えるチームになる。この決断をあらゆる角度から分析してみたが、ジャクソンビルにとっても、私がコーチに復帰するのも、今こそがその時だといえる。この組織の未来と長期的な成功への展望に興奮している」。

ジャガーズのシャヒド・カーンオーナーは「ジャクソンビルとジャガーズのファンにとって素晴らしい日だ」と興奮を隠しきれなかった。

カーンオーナーは、「アーバン・マイヤーこそが、我々が求め、必要とするリーダーであり、勝利者であり、そして王者だ。求められる卓越性や、結果を生み出すことにこたえられる人物だ。アーバンはすでに、これまで誰も比肩できないほどのフットボールのレガシーを楽しんでいるが、ここジャクソンビルで彼の前にあるチャンスに対する情熱は強力であり、紛れもないものだ」と最大級の賛辞を送った。

アレックス・スミス、ティム・ティーボウを育成

アーバン・マイヤーは1964年7月10日生まれ、オハイオ州出身の56歳。シンシナティ大を出た後、直ぐにコーチ業に携わり、複数の大学で修業を重ねた後、2001年、ボウリンググリーン州立大でHCに就任した。そこでマイアーは、各校のスプレッドオフェンスをアレンジして、そこにQBのランを絡めた戦術を始める。スプレッドオプションオフェンスだった。

2シーズンで17勝6敗という好成績で、ボウリンググリーン州立大を上昇させたマイヤーは、ユタ大学HCに転出する。そこでマイヤーは、1人のクレーバーなQBに出会う。学業優秀で、2年生にも関わらず、卒業を視野に入れていた19歳のアレックス・スミスだった。オフェンスの鬼才・マイヤーの温めていた戦術を、天才スミスの頭脳が完全に理解し、実行した。このコラボがスプレッドオプションを完全に開花させた。

スミスは先発QBとなると、2シーズン24試合でパス5199ヤード、47TDで7インターセプト、ラン1072ヤード15TDという成績で、ユタ大は2003年に10勝2敗、2004年には12戦全勝。2004年シーズンのフィエスタボウル(2005年1月)では、格上と見られていたメジャー校のピッツバーグ大を35-7で完膚なきまでに破り、全米を驚かせた。

シーズン後、マイヤーはメジャー校のフロリダ大HCに華麗な転身。スミスはドラフト全体1位(49ナース)でNFLへ旅立った。

マイヤーはフロリダ大でさらに成功を重ねた。1年目こそ9勝3敗で二けた勝利は成らなかったが、2年目のシーズン、明晰な頭脳と、LBのような頑健な体躯を持った1年生QBに、マイヤーは出会う。ティム・ティーボウだった。

エースQBクリス・リークにティーボウを要所で使うオフェンスで、フロリダ大は2006年に13勝1敗でBCSナショナル選手権に勝って全米王者となった。

マイヤーが指揮し、QBティーボウが前線で活躍するフロリダ大は、米カレッジフットボールを席巻した。2007年は9勝4敗だったが、ティーボウの才能が開花。パスで32TD、ランで23TDを記録し、 ハイズマントロフィーを受賞した。2008年には13勝1敗で再び全米優勝を果たした。2009年も13勝1敗で全米3位となった。

ティーボウがチームを去り、2010年に8勝5敗と成績を落とした後、マイヤーは健康上の理由で職を辞した。まだ46歳、早すぎるリタイアに、関係者やメディアはいぶかしんだ。

NFLジャガーズのHCに就任したアーバン・マイヤー。カレッジフットボールで全米優勝3回の実績を持つ=photo by Getty Images
NFLジャガーズのHCに就任したアーバン・マイヤー。カレッジフットボールで全米優勝3回の実績を持つ=photo by Getty Images

2012年、マイヤーはオハイオ州立大のHCに就任した。フロリダ大以上の強豪校であり伝統校だった。
マイヤーのスプレッドオプションはここでも成果を上げた。全米で5指に入る名門のオハイオ州立大は、優れた素材が続々と集まり、マイヤーはそれを使いこなした。

2012年、就任年にいきなり12戦全勝で全米3位。翌年も12勝2敗。そして2014年には14戦全勝で全米優勝を果たした。この年からカレッジフットボールは、4強を選んで準決勝、決勝と戦い、王者を決める新方式CFPに変更されており、マイヤーのオハイオ州立大はその初代王者となった。

オハイオ州立大は、その後も勝利を重ね続けた。全米王者にこそたどり着けなかったが、最も悪いシーズンでも全米6位。49ナースから鳴り物入りで母校に戻ってきたジム・ハーボウHCが率いる宿敵のミシガン大にも、在任中、一度も負けることはなかった。

2018年、マイヤーは健康上の理由でコーチを辞任した。54歳という年齢から、今度こそリタイアだろうとの見方がある一方で、NFLへの挑戦もずっと噂されていた。

【解説】オフェンス戦術の大家、50代後半での転身は成功するか

カレッジフットボールからNFLのHCに転身する事例は事欠かない。最近ではカーディナルスのクリフ・キングスベリーHC(前テキサス工科大HC、2019年就任)、パンサーズのマット・ルールHC(前ベイラー大HC、2020年就任)がそうだ。元オレゴン大のHCで、2013~15年にイーグルスでHCを務めたチップ・ケリー(現UCLAのHC)の記憶も新しい。

そうしたHCと、マイヤーの違いは実績だ。17シーズンで187勝32敗、全米優勝3回、カンファレンス優勝12回、ボウルゲーム12勝3敗。異なる2大学を全米王者に導いたのは、史上3人目。この圧倒的な数字に比肩できるのは、現役ではアラバマ大のニック・セイバンHCぐらいではないか。

NFLジャガーズのHCに就任したアーバン・マイヤー。カレッジフットボールで全米優勝3回の実績を持つ=photo by Getty Images
NFLジャガーズのHCに就任したアーバン・マイヤー。カレッジフットボールで全米優勝3回の実績を持つ=photo by Getty Images

もう一点は、マイヤーがオフェンスの専門家で、スプレッドオプションの創始者的な存在であるということだ。ショットガン・スプレッド隊形からのパスに、QB・RBのオプションを有機的に組み合わせたこの戦術は、過去10数年カレッジフットボールで主流となったばかりか、ここ数年は、NFLでも少しづつ普及してきた。

運動能力の高いQBが、パスと自らのランを組み合わせて効果的なオフェンスを組み立てる。ランとパスの比重に違いはあるが、デショーン・ワトソン(テキサンズ)、ラマー・ジャクソン(レイブンズ)、カイラー・マレイ(カーディナルス)がそうだ。OLやレシーバーにも、この戦術に対応する選手は増えている

マイヤーが、来シーズン開幕前には57歳という年齢で、NFLに転向するのは、そうしたプロフットボールの状況変化を見定めたということも理由の一つだろう。

もちろん不安はある。カレッジフットボールとNFLは、まったく別物だ。

仮に、戦術的な差異が、以前に比べて薄まったとしても、埋まらない大きな差がある。32チームの戦力均衡を至上命題とするNFLに比べ、カレッジフットボールは有力選手のリクルートや練習施設などで、強豪校と弱小校の格差は天と地ほどもある。マイヤーが指揮したフロリダ大やオハイオ州立大のような強豪校は恵まれている。

人材供給一つとっても、カレッジは、選手の人数はNFLの3倍近い。毎年全米トップ級の逸材が何人も入ってくる強豪校は、負傷した選手が出ても、穴は比較的直ぐに埋まる。そういった「黙っていてもついてくるアドバンテージ」がNFLにはない。

さらに、決定的な違いは、選手に報酬が発生しないカレッジフットボールでは、当然サラリーキャップも無いことだ。スター選手の流出は、個人的な事情などがない限り起こりにくい。

それはマイヤーも気にしているのだろう。ジャガーズは4月のドラフトで全体1位指名権を持つだけでない。ESPNによると、2021年のジャガーズのキャップスペースは32チーム中最多の7620万ドルという。QBをドラフトで指名した場合、ルーキー契約は金額上限があるため、その資金をFAなど選手補強に回す余裕がある。

NFLジャガーズのHCに就任したアーバン・マイヤー。1月11日の全米王座決定戦ではFOXテレビのアナライザーとしてゲームを観戦した=photo by Getty Images
NFLジャガーズのHCに就任したアーバン・マイヤー。1月11日の全米王座決定戦ではFOXテレビのアナライザーとしてゲームを観戦した=photo by Getty Images

カレッジで全米王座経験がある監督がNFLに転身するのは、近年ではシーホークスのピート・キャロルHC(USCで2001~09までHC)、そしてニック・セイバン(LSUからドルフィンズ)の例がある。

このうち、キャロルは、USCへ行く前、20年近いNFLでのコーチキャリアがあり、ニューイングランド・ペイトリオッツでHC経験もあった。マイヤーはNFLでのコーチ経験はまったく持ってないので、比較対象にはならない。

全米王者となったHCで、NFLでのコーチ経験がなく、チーム再建を任されたという意味で、マイヤーと似るのは、1989年にマイアミ大からカウボーイズHCに就任したジミー・ジョンソンだ。ジョンソンは1年目は1勝15敗だったが、ドラフト全体1位指名でQBトロイ・エイクマンを指名。その後もドラフトを中心にしたチーム作りで、劇的な強化に成功した。2年目は7勝9敗、3年目は11勝5敗でプレーオフ進出、4年目でスーパーボウルに優勝、さらにそこから連覇した。いまでもNFL史上屈指の強力チームと回顧されている。

カウボーイズとジョンソンの成功例を、カーンオーナーもファンも夢見ているはずだ。

「ドクター・フットボール」として、全米スポーツ界の尊敬を集める名将ルーホルツは、1976年、ジェッツで3勝10敗、1シーズン持たずに退任した。先日、全米優勝7回という偉業を達成したアラバマ大のニック・セイバンでも、ドルフィンズHCとしては2年目の2006年に、2ケタ敗戦となり、チームを放り出すように辞任した。チップケリーは当初2シーズンは10勝6敗だったが、3年目の2015年にディフェンスの崩壊から大きく負け越し、シーズン終了前に退任した。

ジャガーズとマイヤーの前に待つのはどんな将来なのだろうか。

【小座野容斉】

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