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2021-02-11

【プロレス】武藤敬司vs小橋建太が初対決! 三沢光晴追悼大会でオールスター戦  2009年9月27日、NOAH武道館

武藤敬司にマシンガンチョップを放つ小橋建太

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三沢光晴が2009年6月13日、広島グリーンアリーナでおこなわれた試合中に頭を強打し、22時10分に搬送先の病院で死亡が確認された。46歳の若さだった。深い悲しみの中で日本武道館に戦友たちが集まり、追悼マッチがおこなわれた。

 2009年6月13日、NOAHの社長であり、エースであり、象徴であり、大黒柱だった三沢光晴さんが急死。NOAHは悲しみの中でも力強く航海を続け、9月27日に日本武道館で三沢さんの追悼大会を開催。超満員1万7000 人のファンが駆けつけた。

 同大会にはNOAHの選手以外にも武藤敬司、天龍源一郎、鈴木みのる、高山善廣、佐々木健介という業界を代表する選手たちが集結。オールスター戦級のカードが組まれた。入場ゲートの上にはGHCヘビー級のベルトを腰に巻いたコスチューム姿の三沢さんのパネルが設置され、静かにリングを見つめている。

 セミでは武藤と小橋建太が待望の初対決。武藤のパートナーはNOAH新社長の田上明。小橋のパートナーは高山。和田京平レフェリー、仲田龍リングアナウンサーという四天王時代に欠かせない2人も脇を固めた。


 三沢さんの名のもとに4人は激闘を見せた。田上は高山にシャイニング・ウィザードを敢行。最後は小橋が田上を剛腕ラリアットで仕留めた。

 メインでは三沢さん最後の一戦でパートナーを務め、急死の翌日にGHCヘビー級王座初戴冠を果たした若きエース・潮崎豪が、三沢さん最後の対戦相手となった齋藤彰俊との防衛戦に臨んだ。両者は6月13日以降、人生が大きく変わっていった。約3カ月、あまりにも重い現実と向き合い、必死に迷いながら自分で答えを探し続けて、この日の一戦にたどり着いたのである。

 彰俊は覚悟の白装束で登場。潮崎も挑戦者の思いに応えて、三沢さんラストマッチのリングにいた者同士にしかできない闘いを刻み込んでいく。

 潮崎はフェースロックや各種エルボー、エメラルド・フロウジョンなど三沢さん縁の技を使用。最後は自身の得意技、ゴーフラッシャーで初防衛に成功した。

 メイン後には出場選手たちがリング下に集結。三沢さん追悼セレモニーがおこなわれ、仲田リングアナウンサーのコールと同時に緑と白の紙テープがリングに投げ込まれていく。武道館が割れんばかりの「ミサワ」コールに包まれる中、追悼大会は幕を閉じた。

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