モンゴル出身力士初の日下開山。
天皇賜盃は北の湖、貴乃花など過去の大横綱を超える25回を超え、
史上初の7連覇、年6場所完全制覇達成など平成10年代の大相撲界を席巻した朝青龍。
平成16年以降は、歴代1位21場所にわたる一人横綱として君臨した。
その全盛期に待ったをかけたのも、白鵬、日馬富士らのモンゴル勢だった――
※平成28~30年発行『名力士風雲録』連載「ライバル列伝」を一部編集。毎週金曜日に公開します。
幕切れは突然に――短くも熱い「青白時代」優勝25回、前人未到の7連覇を記録したモンゴル出身初の横綱朝青龍は、武蔵丸が土俵から去った平成16(2004)年初場所以降、21場所にもわたって一人横綱の重責を果たした。17年は史上初の年間6場所完全制覇、年間最多勝記録を北の湖以来27年ぶりに更新する84勝をマーク。ライバル不在のなかで、一人横綱時代を謳歌していた。
独走時代に待ったをかけたのは、モンゴルの後輩、白鵬だった。平成19年夏場所後に横綱昇進。21年には年間86勝という驚異的な数字を記録し、「史上最強横綱」の名をほしいままにした。19年以降は、優勝回数がペースダウンした朝青龍に代わり、白鵬独走時代が始まろうとしていた。
最後の対決となったのは平成22年初場所。朝青龍は前年、本割で6連敗した白鵬に、場所前の横審総見でも2戦2敗。だが、いざ本番になると別人のように力強く、スキのない相撲を見せるのが朝青龍。本番モードの集中力、戦い方は超一流だ。5日目、豪栄道に不覚を取ったが、白鵬も7日目に初黒星を喫すると、終盤まさかの連敗。
白鵬の失速を尻目に順調に白星を積み重ねた朝青龍が、14日目に日馬富士を右下手投げでねじ伏せ、2場所ぶり、北の湖を超える25回目の優勝を決めた。全盛時を彷彿させる優勝パターンだった。千秋楽は白鵬に敗れ、対白鵬戦の連敗ストップは次の場所まで持ち越されたが、健在ぶりを大いにアピール。白鵬独走に待ったをかける敵役として、唯一無二の存在でもあった。
しかし、その「青」と「白」の時代は突然終わりを告げた。初場所中に起こした飲酒による騒動がもとで、2月4日に朝青龍が引退表明。自らの騒動に責任を取った電撃引退の夜、部屋で記者会見に応じた白鵬は、若き時代に胸を借りたモンゴルの先輩を称え、涙を流した。これまで朝青龍と分け合っていた綱の責任は、一気に白鵬の双肩にのしかかることになった。(続く)
『名力士風雲録』第15号朝青龍掲載