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2021-05-12

【アメフト】プロ野球から初の転向 元DeNA石川のチャレンジが持つ意味(1)

会見で「(技術的に)巧くなることに、年齢は関係ない」と語る石川=ノジマ相模原ライズ提供

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 日本のアメリカンフットボールにプロ野球から挑戦者が現れた。日本のトップリーグであるXリーグ、ノジマ相模原ライズに、元横浜DeNAベイスターズの石川雄洋が選手として加わり、WRを目指すという。石川のチャレンジが持つ意味を考えてみた。

 プロ野球経験者の他のスポーツへの転向は、競輪、ゴルフ、プロレス・格闘技など個人競技が多い。そして、ややもすれば話題作りや知名度のために、受け皿になる競技がスカウトするケースが目につく。チーム競技は、比較的に似た要素の多いクリケットぐらいで、アメリカンフットボールはトップレベルとしては初のケースだ。

 ただ、野球自体はアメリカンフットボールとの親和性が高い。
 日本の場合、大学からアメリカンフットボールを始めた選手が、高校までやっていたスポーツは野球だったというケースは多い。
 今のXリーグでは、富士通フロンティアーズのOL山下公平(報徳学園、スタメン捕手として選抜大会出場)、OL小林祐太郎(日大東北高、夏の福島県大会準優勝)、TE水野悠司(浦和学院)は、高校球児としても高いレベルでプレーしていた。

 4月にカナダのプロフットボールCFLのグローバルドラフトで指名された197センチ136キロの巨漢OL町野友哉も、高校野球経験者だ。


 オービックシーガルズのWR前田眞郷は、大阪府の強豪校・東海大仰星で外野手・4番だったという。

 昨年のアメフト日本代表に選ばれたディアーズフットボールクラブのQB石井僚介は、兵庫県の社高で外野手としてプレーしたが、一緒に外野を守っていたのが、阪神タイガースの外野手でセ・リーグの2年連続盗塁王、近本光司選手だ。

 2019年までノジマ相模原やIBMビッグブルーでDBとしてプレーしていた北村雅史は、神奈川の名門・桐蔭学園野球部で1年生から中心選手として活躍。甲子園にも出場した。奇しくも、2003年7月の神奈川県大会準々決勝では、今回ライズに入った石川が2年生選手だった横浜高と対戦し、延長12回で敗れている。

ノジマ相模原やIBMでDBとして活躍した北村は、桐蔭学園野球部。石川の在籍した横浜高とも対戦した経験を持つ=2019年9月8日 撮影 小座野容斉
ノジマ相模原やIBMでDBとして活躍した北村は、桐蔭学園野球部。石川の在籍した横浜高とも対戦した経験を持つ=2019年9月8日 撮影 小座野容斉

 アメリカに目を向ければ、NFLとMLBの二刀流だった、RBボー・ジャクソン、CBディオン・サンダースが代表的な存在だ。

 今の現役選手でも、カージナルスのQBカイラー・マレイは、MLBドラフトでも1巡全体9位で指名された実力の持ち主だったし、シーホークスのQBラッセル・ウィルソンは、ノースカロライナ州立大を卒業後、短期間だが野球をプレーし、その後ウィスコンシン大で再びフットボールを続けている。
 
 石川の身体特性や運動能力、プロ野球での実績は、アメリカンフットボールでも活躍できる潜在的な可能性を強く感じさせる。

 気になるのは、34歳という年齢だ。Xリーグでも大半の選手が引退する年齢から競技を始めて、競技技術を習得できるのかだろう。

 これについて石川は会見で「(技術的に)巧くなることに、年齢は関係ない」と言っている。技術習得に4、5年かかるようであれば、スタート時の年齢はネックになるかもしれないが、学生フットボールではトップ級のチームでも野球から転向して2,3年の選手が普通に活躍している。

 一例を挙げると、関西学院大ファイターズ・鳥内秀晃前監督の次男で、高校野球では夏の甲子園でタイムリーヒットを打ったこともある鳥内将希は、関学大入学後にアメフトを始めて2年生で先発DBとなった。大学3年時には、ライスボウルの第4クオーターに、オービックQB菅原俊のパスを見事にインターセプトするビッグプレーを見せた。

ライスボウルでオービックQB菅原のパスをインターセプトする関学大DB鳥内=2013年1月3日、撮影:小座野容斉
ライスボウルでオービックQB菅原のパスをインターセプトする関学大DB鳥内=2013年1月3日、撮影:小座野容斉

 米の場合では、クリス・ウィンキ―、ブランドン・ウィーデンという2人のQBの名前を思い出す。
 ウィンキーはMLB新人ドラフトの2巡62位という高順位でトロント・ブルージェイズに指名され、高卒で野球の世界へ進んだ。7年間の鍛錬も実を結ばず、1996年のシーズンが終わると同時に野球を引退。
 フロリダ州立大へ進学し、高校以来のフットボールを再開した。ウィンキーは2年生から先発QBとなり、大活躍。29歳の4年時にはパス4167ヤード33タッチダウン(TD)で、ハイズマントロフィーも受賞した。

 ウィーデンも、同じような経歴を持つ。2002年のMLBドラフト2巡71位で名門ニューヨーク・ヤンキースに指名された。この年のヤンキースのトップ指名だったが、ウィーデンの野球での栄光はそれで終わりだった。翌シーズン終了後、早くもドジャースにトレードされ、その後はファームのチームを転々とした。
 06年で野球に見切りをつけたウィーデンは24歳の年にオクラホマ州立大学へ入学、豪腕パサーとして台頭し、3,4年時の2シーズンでパス9004ヤード、71TDという活躍を見せた。

 ウィンキーは2001年4巡でパンサーズに、ウィーデンは2012年1巡でブラウンズに入団、共にスターターとしては成功できなかったが、バックアップとして数年間NFLにとどまり、一定の役割を果たした。
 2人とも、20代半ばまで野球に専念した後、高校以来のフットボールに戻って、最も困難なポジションであるQBとして成功し、NFLまでたどり着いた。

 結論として言えば、野球からフットボールへの転向は、日米を問わず多数の事例がある。フットボーラーとして成功するかどうかは、本人の努力次第。石川は、当面は就職せずにフットボールに集中することで、短期間の上達を狙うという。焦ることなくしっかり段階を踏んで欲しい。

25歳で野球からフットボールに転向、28歳の時にフロリダ州立大でハイズマントロフィーに輝いたQBウィンキ=photo by Getty Images
25歳で野球からフットボールに転向、28歳の時にフロリダ州立大でハイズマントロフィーに輝いたQBウィンキ=photo by Getty Images

名門ヤンキースからフットボールに転向、NFLドラフトで1巡指名されたQBウィーデン=photo by Getty Images名門ヤンキースからフットボールに転向、NFLドラフトで1巡指名されたQBウィーデン=photo by Getty Images

【小座野容斉】

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