ソフトボール日本代表最年少の後藤希友。7月22日のメキシコ戦では同点に追いつかれてなおも無死一、二塁の場面でリリーフし後続を3人で切って取ると、続くタイブレークでも無失点に抑え日本に勝利を呼び込んだ。強心臓の若き左腕はどんな素顔の持ち主なのか。彼女を深く知るために、『ソフトボール・マガジン2018年4月号』で東海学園高2年時の後藤を取り上げた特集記事全文を掲載。記事の中では、当時の東京五輪への思いもつづられている。
中学時代で才能が開花 速球派として全国区に
兄と二人兄弟で育った幼少時代。両親はたくさんのスポーツに触れ合う機会を与えてくれた。それも水泳、スノーボード、バスケットボールなど多種多様な競技だ。そして小学4年のときにソフトボールと出合った。自宅近くに中日ドラゴンズの二軍の練習場があったため、もともと野球に興味があったという。女の子でもできる野球に似たスポーツを、ということでソフトボールを始めることにした。
入ったのは地元の小学校のチーム。当時から身体が大きかったため、先生に「ピッチャーとキャッチャーどっちをやりたい?」と聞かれて、ピッチャーを選んだ。理由は「先輩のピッチャーがカッコ良かったから」。後藤が通っていた名古屋市立野立小学校では、多くの子どもたちが春と夏、秋と冬で違う競技に取り組んでいた。後藤の場合は、春と夏はソフトボール、秋と冬はバスケットボールに親しんだという。当時は、背が高かったからという理由で、バスケットボールのほうが自分に合っていると思っていた。
中学入学時には、バスケットボール部の先生からも声を掛けられたが、小学生時代にピッチャー講習会でお世話になっていたソフトボール部の監督から勧誘を受けて、ソフトボール部への入部を決めた。小学校時代に仲が良かった先輩たちが入っていたのも決め手だった。
中学では、1年の夏に3年生たちが東海大会3位の成績を残したが、以降は部員不足に苦しんだこともあって2年、3年ともに県大会止まりだった。部活動では大きな成績を残せなかったが、中学2年の11月に「勉強のつもりで参加した」全国女子ジュニア育成中央研修会(NTS)で、台湾遠征メンバーに選出。翌年1月に日の丸をつけて戦ったことが、その後の人生を大きく変えることになった。
というのも、中学2年の途中までは高校で競技を続ける気がなかったというのだ。「いま思えば信じられないけど、当時は続けようとは思っていませんでした」と後藤。しかし、この台湾遠征、そして3月に愛知県の選抜メンバーとして都道府県対抗全日本中学生大会で優勝したことが、後藤の気持ちに変化をもたらした。ちなみに、大会では当時の自己最速である103㌔を記録している(その後、高1で107㌔を記録)。後藤の名は瞬く間に知れ渡り注目を浴びることになる。
そして、中学3年でのTAP-B日本代表選出。2016年の2月にオーストラリアで開催された国際大会に参加した。外国人選手の体格やパワーに圧倒され、実業団選手とのレベルの差に愕然とした。「世界が違い過ぎて、あこがれの目でしか見られなかった」と振り返る。そして4月になり地元の強豪校・東海学園に進学する。
リベンジ誓うセンバツ そして目指すは日本代表
高校では1年夏から全国のマウンドに立つ機会を得た。しかし、3回戦で創志学園高(岡山)と対戦して敗戦。「名前を見ただけで緊張してしまいました。とにかくレベルの違いを見せつけられましたね」。その後、春のセンバツ大会は千葉経済大附高にタイブレーカーで敗れて、2大会連続の3回戦負けを喫した。2試合とも、今でも忘れられない悔しい敗戦だ。しかし、それらのリベンジを誓うはずだった2年夏は、その舞台にすら上がることができなかった。愛知県予選決勝で星城高に逆転負けを喫したのである。6回表まで3対0でリードしていたにも関わらず、だ。
「ひたすら悔しかった。でも、あの負けがあったから、今回のセンバツ予選で勝てたんだと思います。負けたのに、こんなことを言ったらいけないかもしれないけど、でも負けたことがすごく勉強になりました」
11月、2季ぶりの全国大会出場を決めた。そして、同じタイミングでもう一つうれしいニュースが。女子日本代表の強化指定選手入りである。昨年は、学年は違えど同じ高校生の勝股美咲(多治見西高、現ビックカメラ高崎)、切石結女(千葉経済大附高、現トヨタ自動車)が強化指定選手入りを果たすなかで、自身が選ばれなかった悔しさもあった。だからこそ、この1年間は自分を高めるための努力を忘れなかった。
「負けず嫌いなんで」と後藤。最年少選手として参加した12月の沖縄合宿では、他の選手たちに必死に食らい付いた。2年前にTAPに選ばれたときとは違う、成長した自分を見せられたという。
合宿終了後、自チームに戻ってきた後藤を見て、望月孝雄監督(現大垣ミナモ監督)はあまりの成長ぶりに目を丸くしたという。「ビックリするほど成長しました。とにかく制球が安定したし、トレーニングにも積極的に取り組んでいる。しかも、全日本で学んできたことを下の子たちにもきちんと伝えているんです。最上級生としての自覚も出てきました」
3月上旬には日本代表の鴨川合宿に合流し、その後、センバツ大会へと向かう。「春は勝負だと思っています!」と後藤。創志学園高に敗れた1年夏、千葉経済大附高に敗れた1年春、星城高に敗れて出場がかなわなかった2年夏、すべての悔しさを力に変えて、目標の日本一へ向けてリベンジの炎をメラメラと燃やしている。そして、その先に見据えるのはTOP日本代表への選出である。何度も何度も繰り返し見続けてきた北京五輪の試合映像。いつか、自身があの大舞台に立てる日を夢見て。
後藤希友を知る5つの質問 ①好きな歌手
E-girlsです。歌いながら踊っていてかっこいい! 授業のダンスは好きでしたけど、私は歌って、踊ってはできないです(笑)。
②好きな食べ物
お肉! 焼肉も好きですが、一番は鳥の唐揚げです。
③性格を一言で
変わり者です(笑)。考えていることが人と違うし、そもそも人と違うことをしたい。例えば、みんながこっちに行けば、私は別方向に行くタイプ。チームメートにも変わっていると言われますけど、自分でも自覚があります。
④好きなテレビ番組
練習があるのであまり見られないけど、年末のガキ使の「笑ってはいけないシリーズ」は毎年見ています。録画もしちゃいますね。
⑤夢
2020年の東京オリンピックに出られるように頑張ります!