東京五輪のボクシング競技(両国国技館)は3日、初めての決勝戦を迎えた。ゴールメダルをかけたフェザー級の一戦に出場した入江聖奈(日体大)は、フィリピンのパワーヒッター、ネスティ・ペテシオを5-0の判定で破り、見事、オリンピックの頂点に立った。日本人選手がボクシング競技で金メダルを獲得するのは、桜井孝雄(1964年)、村田諒太(2012年)に次いで、9年ぶり3人目。2012年、オリンピックに採用された女子ボクシング。初めて参加した日本選手が優勝にたどり着いた。快挙という表現以外になにもない。最後まで頑張り抜き、勝利をもぎ取った 勝負を決めたのラストラウンドだった。2ラウンドまでの採点は5人のジャッジのうち4人までが19対19のイーブン。最後の3分間ですべてが決まる。そして、効果的なヒットはともあれ、なおフレッシュな戦いができていたのは、誰の目から見ても入江だ。まったく順当な勝利だった。
何よりもオープニングラウンドを制したのが大きい。サウスポーのフィリピン人に左ジャブを飛ばす。出端にねらうロングの右フックも光った。ラウンド半ば、ペテシオは右構えにチェンジをして目先を変えようとしたが、入江のワンツー、ジャブが完全に上回った。このラウンドは5ジャッジすべてが入江の優勢とつけていた。
パワフルなアタッカー、ペテシオも懸命に迫ってくる ペテシオの反撃が始まるのは2ランドになってからだ。まず、強烈な右フックをねじ込んで、パワーを印象づける。その後も左ストレートを浴びた入江の動きが一瞬、落ちたときもあった。だが、最後の1分間、入江は軽快にフットワークを使い、最後の最後に右カウンターをヒットする。ポイントは当然、失ってしまったが、ラストのやりとりで、ペテシオに勢いづかせることはなかった。
迎えた3ラウンド。入江の右2発。ペテシオも右フックを返す。いずれも決め手にはならない。ただし、この攻防のなかでも、より動き、手数を出していたのは入江だった。ラウンドの後半に入るあたりから、ペテシオははっきりと疲労の色を見せ始める。もみ合いで倒れてもなかなか立ち上がらなかったことも。入江は単発ながらも右アッパー、右ストレートと打ち込み、勝負を決めるポイントを奪い取った。
スコアは29対28が4人、1者は30対27でいずれも入江の勝ちとしていた。ボクシングの勝敗を決めるのは技術の力が第一。パワーの多寡ももちろんある。ただ、すべてが互角だった場合、勝ちたいという思いをより前面に出して戦った者が勝つ。これは理屈ではない。開始ゴング直前まで笑顔を見せていた入江が、勝利の直後に見せた涙は、なおさらに尊く見えた。
入江の左ジャブ。対戦者の接近を最低限に防いだのが最大の勝因だった「何度もほおをつねったけど、まだ夢のよう」。表彰台の入江は最高の笑顔を見せた入江は成長途上。まだまだ強くなる 入江にとって初めての五輪トーナメントは厳しい戦いの連続だった。5ー0判定で破りはしたが、第2シードのフルド・ハリミエプムラヒ(チュニジア)の荒っぽい戦法にかき回され、その後の準々決勝、準決勝は3ー2のきわどい判定だった。
苦しいというなら、ペテシオはなおさらだったろう。2019年世界選手権優勝ながらも、東京五輪のアジア・オセアニア予選では、この入江に敗れて代表権を獲得できなかった。過去の実績が認められ、世界選抜で拾われたが、五輪本番では強豪との対戦ばかりが続いた。第1シードの林ユーティン(台湾)の長身からの強打に打ち勝って3-2の判定勝ち。準決勝では美しいテクニックを持つイルマ・テスタ(イタリア)を力で押し切った。少女時代から父の教えでボクシングに励み、158センチの小柄な体でも誰に負けないという思いで勝ち抜いてきた。28歳の執念が、この決勝進出をもたらした。
入江はそんなペテシオを乗り越えたのだ。攻防の幅はもっと広げられる。素直なフォールだから、パンチはもっと強くなる。金メダルは、彼女にとって、まだはじめの一歩なのかもしれない。
文◎宮崎正博 写真◎ゲッティ イメージズ Photos Getty Images