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2021-08-14

ジャンボ鶴田が“先輩”高千穂明久超え!【8月14日は何の日?/週刊プロレス】

険しい表情で大物新人のジャンボ鶴田を攻め立てる高千穂明久

 1976年8月14日、全日本プロレス熊谷大会でジャンボ鶴田vs高千穂明久(のちのグレート・カブキ)がシングルマッチをおこなった。

 全日本プロレスと旧・日本プロレスは同年8月のNWA総会で、73年4月の日本プロレス崩壊後空位となっていたUNヘビー級王座の復活を許可された。同王座決定戦が組まれ、アメリカ代表は前NWA世界王者ジャック・ブリスコ。日本代表は日本プロレス最後の同王者だった高千穂と鶴田が争うことになった。

 だが、日本プロレス残党9選手の1人として全日本プロレスに吸収されて3年余り、同じ釜の飯を食ってきた高千穂は「鶴田こそその器だ」と決定戦出場を辞退。カードが発表されていたため、試合は看板なしでおこなわれた。それでも鶴田が敗れれば、やはり辞退することになっただろう。先輩の壁を打ち破らなければならないことは同じだった。

 試合前、両者は「やりづらいなぁ」ともらしていたが、ゴングが鳴ればそれも吹っ切れて見応えのある大技の応酬を展開。最後は17分41秒、鶴田が回転エビ固めで快勝した。

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