あのとき、あんなことを言ったばかりに、と後で後悔したことはありませんか。“口は災いの元”、いいえ“口は幸運の元”でもあります。思い切って口に出して言ったおかげで、思いもしなかったいいことや、ときにはその反対のことも起こったりします。この際、腹の中にしまって置かず、堂々と言ってみてはいかがです。今回の悲喜劇ポイントは、あのとき、あの発言のおかげで――です。
言ったのに……力士同士の対戦前の約束はあまり当てにしてはいけない。平成5(1993)年夏場所6日目、東前頭2枚目の霧島(元大関、現陸奥親方)と西前頭6枚目の貴闘力(最高位関脇)が対戦した。この前日、貴闘力が霧島のところにやってきて、
「明日、関取と当たっていますね。お互い、正々堂々とやりましょう」
と切り出し、霧島も、
「よし」
と頷き、お互いの健闘を誓い合った。
さて当日。霧島は、
「昨日、あんなことを自分から言ってきたんだから」
と安心して頭から突っ込んでいった。ところが、貴闘力は、いったん頭で当たったあと、前言に反してヒラリと左に変わって突き落とし、霧島を土俵に這わせた。霧島は貴闘力にまんまといっぱい食わされたのだ。この場所、貴闘力は絶好調で、11勝4敗の好成績をあげて初の技能賞を獲得している。
それから14年経った平成19年夏場所2日目、両国国技館内の記者クラブでバッタリ貴闘力(当時大嶽親方、平成22年7月解雇)と顔を会わせた霧島改め陸奥親方は、
「汚いよなあ」
とこのときのことを振り返ってクレームをつけると、貴闘力は
「あのとき、自分は正々堂々とやろうとは言ったけど、変わらないとは言っていない。あれは正々堂々と変わったんです」
と顔を真っ赤にして変な弁明した。そして、この14年前に約束を破った本当の理由を、あとでこう明かした。
「変わるつもりはなかったんですけど、立ち遅れちゃったんです。だから、つい――。四つ相撲はどんなかたちになってもごまかしが効くけど、自分のような押し相撲は、まわしを引き合ったら実力の差がそのまま出る。ごまかしようがありませんからね。変わったのはしようがなかったんですよ」
背に腹は代えられない。それにしても――、ですよね。
月刊『相撲』平成23年1月号掲載