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2022-10-10

船木誠勝、鈴木みのるら離脱で藤原組、終焉の危機も…【週刊プロレス昔話】

存続の危機となった後楽園、ミスター空中さんの遺影も…

1992年1月16日、藤原組が解散の噂も立つなかで東京・後楽園ホール大会を開催。

船木誠勝や鈴木みのるが離脱した状況下、カードも当日発表の形で実施。所属選手が石川雄規との2名になったものの藤原喜明は第1試合でウェイン・シャムロックと激突。

さらにメインイベントでは石川との一騎打ちに臨んだ。終焉の危機に瀕し、近々の大会も中止となる絶体絶命の事態に陥るが、その後、なんとか持ち直して団体は継続。

現在も“藤原組長”の名で通っているように“藤原組”は不滅となった。

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