close

2022-10-25

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第12回「相撲界人情話」その2

がんとの闘病生活を続けながら、無理を押して病院kなら愛弟子・貴ノ浪の断髪式に駆けつけた二子山親方。この4カ月後に静かに息を引き取った

全ての画像を見る
残暑が厳しかったざわめきの夏も過ぎ、ようやくさわやかな秋が巡ってきました。草むらで鳴く虫の声や、梢を渡る風の音に耳を澄まし、もの思う季節の到来です。こんなときは、やはり心の襞(ひだ)に触れる話が似合います。勝負ひと筋に生きる力士たちですが、固い絆で結ばれた集団社会ならではの、思わず涙がこぼれる話、ジーンと胸を打つ話があちこちに転がっています。そんな大相撲人情話を拾い集めてみました。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

最後の断髪式

引退相撲に涙はつきものだが、このときの涙は明らかにいつもの涙と違った。惜しくも横綱にはなれなかったが、スケールの大きな相撲で2度も優勝した大関貴ノ浪の引退相撲が両国国技館で行われたのは平成17(2005)年初場所後の1月30日のことだった。

マゲにハサミを入れたのは415人。最後の止めバサミは師匠の貴乃花親方で、その前は貴ノ浪が履いていた靴の大きさを見てひと目惚れし、必死に口説き落として育て上げた先代師匠の二子山親方(元大関貴ノ花)だった。このとき、二子山親方はがん治療のために東京・文京区の順天堂病院に入院中だったが、貴ノ浪の引退相撲が近づくと、

「ナミ(貴ノ浪)の引退相撲だけは、なんとしても土俵に上がってハサミを入れてやらないと」

と周囲に話していたという。

しかし、病状は思った以上に重く、ハサミを入れる時間が近づいても二子山親方は一向に会場に姿を見せない。ついに二子山親方の番になったとき、こんな異例の場内放送が流れた。

「もう少しお待ちください。いま、(二子山)親方が病院からこちらに向かっております。まもなく到着いたします」

そして、10分後、地下駐車場につながる花道にようやく二子山親方が姿を現した。病状の重篤さを窺わすように足取りは重く、土俵に上がるときに大きくヨロけ、慌てて駆け寄った呼出しの肩を借りながら、這うようにして土俵に上がり、涙にくれる貴ノ浪のマゲに静かにハサミを入れた。

断髪式を終えた貴ノ浪は、この先代師匠に命がけでハサミを入れてもらったときの心境をこう話した。

「ありがたいと思いました。ハサミを入れてもらっているとき、時間にすれば短い時間でしたが、先代とのいろんなことを思い出しました。やっぱり来てもらいたい人でしたから」

二子山親方が息を引き取ったのはこの引退相撲からちょうど4カ月後の5月30日のことだった。戒名は双綱院貴関道満居士。お墓は都内杉並区成田東の天桂寺にある。

月刊『相撲』平成23年10月号掲載

PICK UP注目の記事

PICK UP注目の記事



RELATED関連する記事