“決戦の日”まで、残り25日──。WBSS(ワールドボクシング・スーパーシリーズ)決勝、WBA世界バンタム級スーパーチャンピオン、ノニト・ドネア(36歳=フィリピン)との戦いに臨むWBA・IBF世界バンタム級チャンピオン井上尚弥(26歳=大橋)が9日、毎週恒例の“練習公開”。日々刻刻と近づく“ジャッジメント・デイ”に向けて、その“感覚”は着実にいっそう研ぎ澄まされている。
この日はスパーリングなしの、通常メニュー。ロープスキッピングに始まり、シャドーボクシング、ミット打ち、サンドバッグ打ち、懸垂と、1時間弱のトレーニング。特別になんら変わったこともしない。だが、相変わらず、それら一つひとつの密度の濃さが、瞬きすら許さない。
ジャブ1発でも、漫然と漠然と打たない。目の前にドネアを思い描き、その動きを察知して繰り出す。日頃から積み重ねてきた“想定シャドー”では、見る者に、ドネアの姿すら想像させる。
太田光亮トレーナーとのミット打ちでは、よりリアルに、すべての所作がきめ細かく伝わってくる。まるで触角のように左手を使い、そのセンサーで距離を測り、止め、痛めつけ、牽制する。そしてワンツー。
だが、よく見るとワン(ジャブ)とツー(右ストレート)の合間に、一発を織り交ぜている。いわゆる“目眩ませ”の手。相手の眼前を下から上に突き上げるショートアッパーのような角度の一撃は、それこそこちらが漫然と見ていては気づかない速さ。しかし、眼前にこれを放たれたら、人間の感覚として反応せざるをえない。それに0コンマ何秒気を取られると、あの右が飛んでくる──。
攻撃ばかりではない。ひとつの“流れ”として完成されているのが、防御へのスイッチだ。打ったら動く。反応する。無駄に動かず紙一重で。だから攻→防で終わらず、さらに攻……と延々、続いてゆけるのだ。
井上尚弥の練習を見る際、いつの頃からか、「どこかに隙はないか」という見方をするようになった。が、どうしても見つけられない。その印象が、より深まった。
「全部のパンチを気をつけてます。ドネアの得意な左フックに限らず、どのパンチにもリターンを返す。ドネアに限らず、相手が誰でも。それは心掛けているので」
手を出せばすべてにリターン、カウンターを合わされる。かといって、攻め手を失えば、強打の嵐にさらされる。井上尚弥と対峙するとは、そういうことだ。
「当日、自分がどう感じるか。それまでに準備することは一緒なので。相手どうこうじゃなくて、自分が反応できる体をつくる。
試合当日に、ドネアと向かい合ってどう感じるか。そこがいちばんカギとなる」
この日、髪の毛にややシルバー色を入れた。「気分です」という笑顔は、普段の尚弥そのもの。練習中の、ビリビリと伝わってくる緊迫感とはまるで別人だ。
「この時期にしてはリラックスして練習できてます。体に負担のかからない日常生活を送れてる。これから試合が近づくにつれて緊張感とかピリピリが増えてくると思うけど、でもそこは自然体でいようと思う」
われわれも、その日を自然体で迎えたい。この緊張感、期待感を、わが身が感じるままに味わっていきたい。
文_本間 暁
写真_山口裕朗
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