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2023-02-24

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第7回「恩返し」その1

令和元年名古屋場所で引退し、安治川を襲名した元関脇安美錦

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悲しいことに、最近は人間がどんどん薄情になり、自分さえ良ければいい、という風潮が広がっているように思います。
その点、大相撲界は違いますよ。同じ釜の飯を食い、同じ稽古場の空気を吸っていることもあって、師匠と弟子、兄弟子と弟弟子の関係はアッツアツ。
恩返しをする、という言葉もちゃんと生きています。
もっとも、大相撲界の恩返しは、世間のそれとはちょっとニュアンスが違いますが。
いや、中には、思わず胸が熱くなるような泣かせる恩返しも。そんなエピソードを集めました。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

兄弟子からのゲキ
 
令和元(2019)年名古屋場所で23年にわたる現役生活にピリオドを打った安美錦は引退会見で、

「ケガがあったからここまでやれた。ケガはいい相棒だった」
 
と述べたように、まさにケガに泣き、ケガに彩られた力士人生だった。
 
平成27(2015)年春場所も、やはり持病と化していた右ヒザの故障で11日目から休場している。この安美錦がケガでのたうちまわっていたとき、メキメキと頭角を現したのが弱冠23歳の弟弟子、関脇照ノ富士だった。10日目まで全勝の白鵬をⅠ差で追いかけ、11日目に魁聖に敗れて2差に開いたが、まだ逆転に一縷の望みを抱いていた。
 
すると、12日目の朝、宿舎の壁に黒々と墨でこう書かれた大きな張り紙が張り出された。

「ガナ、頑張れ!!」
 
ガナは照ノ富士の愛称である。書いたのは休場中の安美錦だった。これを見た照ノ富士は、

「ありがたいですね。(相撲を取れない)安美関の分まで頑張らないと思い、気合が入った」
 
と話し、この日、豊ノ島にモロ差しになられたものの、両腕を抱え込んで執念で極め出し、さらに翌13日目も、前日まで連勝記録を「36」まで伸ばしていた白鵬に左上手をとって頭をつけ、最後は右も差し込んで寄り切り、再び1差に持ち込んだ。大健闘だ。4戦目で初めて白鵬に勝った照ノ富士は、

「やりました。安美関の張り紙のおかげです。明日もがんばります」
 
と声を弾ませた。土俵下から見ていた兄弟子の日馬富士は、

「ドラマだな。先輩への恩返しだな」
 
とまるで自分が勝ったみたいに喜んだ。
 
ただ、残念ながら照ノ富士の追い上げもここまで。最後は白鵬が逃げ切って2度目の6連覇を達成し、自己最多の13勝を挙げた照ノ富士は殊勲賞、敢闘賞をダブル受賞。翌場所、この余勢を駆ってみごと初優勝し、場所後、大関に昇進。1場所遅れで安美錦の恩に報いた。

月刊『相撲』令和元年10月号掲載

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