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2023-03-31

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第7回「恩返し」その4

平成28年秋場所初日、勝ち名乗りを受ける新入幕の千代翔馬

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悲しいことに、最近は人間がどんどん薄情になり、自分さえ良ければいい、という風潮が広がっているように思います。
その点、大相撲界は違いますよ。同じ釜の飯を食い、同じ稽古場の空気を吸っていることもあって、師匠と弟子、兄弟子と弟弟子の関係はアッツアツ。
恩返しをする、という言葉もちゃんと生きています。
もっとも、大相撲界の恩返しは、世間のそれとはちょっとニュアンスが違いますが。
いや、中には、思わず胸が熱くなるような泣かせる恩返しも。そんなエピソードを集めました。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

初の懸賞を霊前に

北の湖のあとの土俵を盛り上げ、一時代を築いた小さな大横綱、優勝31回の九重親方(元横綱千代の富士)がすい臓がんで亡くなったのは平成28(2016)年7月31日のことだ。61歳だった。
 
九重親方は師匠としても手腕を発揮し、大関千代大海(現九重親方)を筆頭に千代天山、千代鳳(現大山親方)、千代大龍ら、多くの力士を育てているが、亡くなった直後の秋場所にも1人の力士が待望の新入幕を果たした、モンゴル出身の千代翔馬だった。
 
秋場所初日、千代翔馬ははつらつとした相撲で天風との新入幕対決を制し、懸賞2本を獲得した。幕内初白星を挙げてうれしそうな顔で花道を下がってきた千代翔馬は、

「師匠が亡くなって九重部屋はだらしない、と言われないようにしたい、と部屋の力士たち全員が思っている。勝ててよかった。毎日、朝稽古が終わったあとも、師匠に線香をあげています」
 
と話し、初めて手にした懸賞の使い道を聞かれると、こう言ってしんみりした。

「師匠の霊前にお供えしたい」
 
恩返しの懸賞だった。ちなみに、この場所、九重勢は6人の関取中5人、14人の力士中9人が勝ち越している。ほかの力士たちも恩返しを胸に戦ったのだった。

月刊『相撲』令和元年10月号掲載

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