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2023-12-15

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第15回「明快」その1

平成27年夏場所10日目、臥牙丸は日馬富士を破り、初金星を獲得した

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ヘンテコリンなウイルスのおかげで、なんともうっとうしい日が続いた令和2年。
心のモヤモヤはマックス状態、最高潮であります。
マスクもつけず、ノビノビと暮らしていた日々が恋しい時期でした。
やはり人間は、単純で、分かりやすく生きているのが一番。
分かりやすいと言えば、力士たちが取組後などに発する言葉も分かりやすいですよ。
そのときの心情、思いがストレートにあふれ出ていますから。
令和2年夏場所が吹っ飛び、力士たちも自粛生活に入って2カ月あまりが経ちました。
懐かしさを込めて、そんな明快なエピソードの数々です。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

喜びの初金星

大相撲界は、勝つか、負けるかの2色しかない単純な世界。勝てば、こんなうれしいことはありません。とりわけ最強の力士、横綱に勝てば。それも平幕の身で。
 
平幕力士が横綱に勝てば「金星」といい、10円の褒賞金が出る。いまどき、10円もらっても子供でも喜ばないが、実際はこれを4000倍した4万円が、それも十両以上の関取でいる限り、毎場所、支給される。横綱に勝ったというデッカイ名誉の上に、思いがけない臨時収入もガッポリ。まさに喜びもひとしお、というワケだ。
 
平成27(2015)年夏場所10日目、東前頭6枚目の臥牙丸は結びで横綱日馬富士と対戦した。これが初の横綱戦ではなかったが、前夜は緊張して午前3時まで眠れなかったという。朝稽古のとき、師匠の木瀬親方(元幕内肥後ノ海)に、

「勝ちたいか。よし、だったら、右に開くな。そうすれば、お前でも勝てるかもしれない」
 
とアドバイスされた。これが効いた。1回、待ったのあと、横綱が右手を前に出して出てきたところを200キロに限りなく近い巨体をぶつけるように真っ向から押して出ると、日馬富士はズルズルと後退。土俵際でなんとか回り込もうとしたが、右足が飛びだした。
 
初金星だ。ザブトンが舞い飛ぶ中で思わずガッツポーズを作った臥牙丸は、まるで蒸気機関車のような勢いで支度部屋に引き揚げてくると、一気にまくしたてた。

「いやあ、うれしいな。自分の人生で、3番目にうれしいよ。1番目は初めて十両に上がったとき(平成21年九州場所)、2番目は(平成23年秋場所11日目、大関初挑戦で)把瑠都関に勝ったとき。そして、今度。ザブトン、飛んだね。頭に当たりたかったよ。もっと、もっと飛んで欲しかった」
 
3番目、というところがなんともユーモラス。まるで心の中が手に取るように分かる言葉の連発だった。これが臥牙丸の唯一の金星。その後、三段目まで後退し、2個目は夢の、また夢となった。

月刊『相撲』令和2年6月号掲載

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