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2024-01-12

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第15回「明快」その4

平成28年春場所9日目、稀勢の里が珍しく立ち合い変化。琴奨菊を降したが、ばつが悪そう

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ヘンテコリンなウイルスのおかげで、なんともうっとうしい日が続いた令和2年。
心のモヤモヤはマックス状態、最高潮であります。
マスクもつけず、ノビノビと暮らしていた日々が恋しい時期でした。
やはり人間は、単純で、分かりやすく生きているのが一番。
分かりやすいと言えば、力士たちが取組後などに発する言葉も分かりやすいですよ。
そのときの心情、思いがストレートにあふれ出ていますから。
令和2年夏場所が吹っ飛び、力士たちも自粛生活に入って2カ月あまりが経ちました。
懐かしさを込めて、そんな明快なエピソードの数々です。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

変化で勝っても

土俵の上は、力士たちにとって心の内を写す鏡だ。そのとき、どんな状況で、どんなことを考えているか。相撲っぷりをみれば一目瞭然だ。引退会見で、

「私の相撲人生において一片の悔いもありません」
 
ときっぱり言い切った横綱稀勢の里(現二所ノ関親方)も、やはり血の通った人の子であることを見せつけたのは平成28(2016)年春場所9日目のことだった。
 
前項でも触れたように、前の場所、同じ大関の琴奨菊(現秀ノ山親方)が日本出身力士として10年ぶりに優勝している。すでに大関に昇進して5年。次期横綱と期待されて久しい稀勢の里にすれば、心おだやかではない出来事だった。
 
それがこの場所の成績にあふれていた。なんと初日から負け知らずのまま、中日を折り返したのだ。8連勝は幕内で稀勢の里1人だった。そして、9日目の相手は、前場所の覇者、琴奨菊だった。この場所前、稀勢の里は、

「琴奨菊とやらなければ何も始まらない」
 
とわざわざ佐渡ケ嶽部屋に出向き、琴奨菊と24番も胸を合わせている。異例のことだった。それだけ強く意識していたのだ。
 
入門以来、真っ向勝負にこだわってきた2人だけに、当然、この日も火の出るような激突が見られる、と誰もが予想した。ところが、軍配が返ると、あまりにも意外過ぎる結末に館内から悲鳴があがった。なんと稀勢の里が立ち合い一瞬、サッと右に変わって突き落としたのだ。
 
信条に反する勝利だったが、連勝を伸ばすことを優先した稀勢の里は、

「体がいい反応をしてくれた。勝つことが一番大事ですから。頭や、体から行くのと一緒で、変化も一つのワザですから」
 
と澄まして答えた。それほど勝ちたかったのだ。気持ちの反映率100%の相撲だったが、負けた琴奨菊の捨てセリフもまた、とても納得がいった。

「(稀勢の里は)あんなことしなくても十分強いのに。目先の一番って、たかが知れているよ。あんな相撲でしか勝てないって、思ったんじゃないの」
 
勝つと思うな、思えば負けよ、という歌の文句どおり、この場所、勝ちにこだわった稀勢の里は終盤、大事なところで星を落とし、またしても賜盃を抱くことに失敗。悲願の綱取りも、1年後まで待つことになった。

月刊『相撲』令和2年6月号掲載

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