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2024-02-21

【アイスホッケー】「いつも、自分を信じること」。伊藤崇之(東北フリーブレイズ)と古川駿(横浜グリッツ)の才能。(後編)

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新横浜のリンクでリーグ初勝利を挙げ、新横浜のリンクで全日本の決勝に敗れた。アジアリーグ2年目、伊藤はこれ以上ない「貴重な経験」を積んでいる(写真・森健城)

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「準備」を大事に9月までを過ごした伊藤。

 2023-2024シーズン、東北フリーブレイズは従来通り「GK3人制」に戻った。大ベテラン橋本三千雄、畑享和と、27歳の伊藤崇之。1年前は、今季から横浜グリッツに移籍した古川駿を合わせて、4人のGKがポジション争いをしていたのだ。

 昨シーズン、アジアリーグで40試合のうち2試合しか出場機会がなかった伊藤は、「今シーズンは、精神面で大きく違います」と言った。

「ゴーリーが4人か、3人かでは、やっぱり全然、違うんです。3人だと、どこかでチャンスが来ると思って、ポジティブに頑張ることができる。今シーズンはリーグの開幕前から、すごくいい準備ができたんじゃないかと思います」

 もし今年も「GK4人制」なら、伊藤自身、チームを変えることも考えていたという。試合に出場できないゴーリーは、それだけ真剣に「身の振り方」を考えるものなのだ。

 9月、アジアリーグが開幕した。フリーブレイズは畑をメインに、サブには橋本を入れている。

 伊藤は自分に言い聞かせた。「畑さんも橋本さんも、去年は僕よりも多く出ていたのだから、試合に出るのは当たり前。僕に必要なのは、いつ出番が来ても大丈夫なように、自分なりに準備しておくことだ」

 試合に出場できない焦りは、なかったといえばウソになる。でも「GK4人制」だった昨シーズンほどの葛藤は、そしてヨーロッパに旅立つ前、学生のころの「長くて暗いトンネル」で味わった痛みのような気持ちは、伊藤にはもうなかった。

 伊藤に出場のチャンスが巡ってくる。相手は昨シーズンの王者、HLアニャン。10月7日に初めてベンチに入り、翌8日、マスクをかぶって出場したのだ。

 1ピリに7本、2ピリに13本のシュートを受け、しかし伊藤は2ピリまでアニャンをゼロに抑える。だが、3ピリに42分、48分、50分と3連続失点。エンプティを含めて2-4のスコアで「伊藤にとっての開幕戦」は終わった。

「負けましたが、去年のチャンピオンチームにフルで出場できたのは収穫だったと思います。公式戦で60分出るのは(正確には58分43秒)、自分にとって1年ぶり。夏から練習してきたことは間違いじゃなかった…そう再確認できた試合だったと思います」

 1週間が経ち、横浜グリッツとの2連戦がやってきた。10月14日のゲームは畑、そしてグリッツはベテランの小野航平が先発。5対3でフリーブレイズが先勝する。

 そして15日。1週間前のアニャン戦を3失点に抑えた伊藤がスタメンだった。

「ウチはグレッグ・プハルスキ監督の考えもあって、先発のゴーリーは明かさないことにしているんです。当日になってメンバーが発表になるまで、僕がスターターだということは伏せていました。でも、もしかしたら駿とやるかもしれないな…という予感はありましたね」

 会場へ行ってみると、グリッツの先発GKは古川であることがわかった。1年前までフリーブレイズにいた同い年の2人が、初めて対決することが決まったのだ。

全日本選手権の決勝では、バックスに苦杯を喫した。「フリーブレイズだけが連覇できる位置にいたのに、台無しにしてしまった。試合後も、僕は笑うことができませんでした」。右は畑(写真・森健城)
全日本選手権の決勝では、バックスに苦杯を喫した。「フリーブレイズだけが連覇できる位置にいたのに、台無しにしてしまった。試合後も、僕は笑うことができませんでした」。右は畑(写真・森健城)

「長い時間が経ったことを思い出した」初勝利。

 10月15日のグリッツ-フリーブレイズ戦は、開始1分でフリーブレイズが先行して始まった。グリッツがすぐに再逆転するなど点の取り合いになったが、第3ピリオドにフリーブレイズが3連続ゴールを決めて6-3。伊藤はアジアリーグでの初白星を飾った。

 プレー中は敵の攻撃を止めるのに必死で、「駿に対する意識はさほどなかった」という伊藤。試合が終わってから、さまざまな感慨が湧いてきたという。

「ああ、やっと駿に勝てたと思いました。大学の時は、試合で1回か2回やったきり。1度も勝っていないはずですから。しかも、アジアリーグでの初勝利。この1勝をつかむまでが、本当に長かったんです。昨シーズンのアジアリーグもほとんど出られなかったし、フィンランド、フランスでの生活もあった。大学を出てから1勝をつかむまで、長い月日が経ったんだと思いました」

 伊藤の活躍にベテランの畑も気合を入れ直したのだろう、伊藤はその後、1カ月ほどサブに回った。そして11月19日、伊藤は栃木日光アイスバックス戦で完封勝利。1ピリから3ピリ、そして延長戦までゼロに抑えて、1対0で2勝目を挙げた。

「自分はこれくらいの試合ができるんだと思った反面、この結果はたまたまだとも感じました。畑さんはこれまで僅差の試合を勝っていて、チームに自信をもたらすのを僕は見てきているんです。自分はゴーリーとして、チームにいい影響を与えるまでには至っていない。これからの自分の課題です」

 65分をゼロに抑えたバックス戦で、12月、全日本選手権の決勝で(エンプティの1失点を含めて)2-4で敗れている。

「全日本の決勝戦…集中力は間違いなくあったと思います。100のうち80か90の悪くはない出来だった。でも、ああいう局面で勝つには、120くらいの集中力を出さないといけないんだと福藤(豊)さんを見ていて思いました。まして準決勝で畑さんがPSでチームを勝たせて、1年前は橋本さんがMVPを取るほどの活躍で優勝した。フリーブレイズだけが連覇できる位置にいたのに、僕が台無しにしてしまったというのはあります。決勝の後、弟(俊之・アイスバックスFW)と一緒にカメラマンに写真を撮ってもらったのですが、僕はチームへの申し訳なさもあって、笑うことはできませんでした」

今シーズンはアニャンにも、そしてレッドイーグルスにも勝った古川だが、伊藤には0勝2敗。「大学の時と逆で、僕がタカを追いかけている。次こそ絶対に負けたくないです」(写真・横浜GRITS)
今シーズンはアニャンにも、そしてレッドイーグルスにも勝った古川だが、伊藤には0勝2敗。「大学の時と逆で、僕がタカを追いかけている。次こそ絶対に負けたくないです」(写真・横浜GRITS)

「グリッツの負けが多いのは自分の責任」

 2023年の4月にフリーブレイズを退団した古川は、FAの交渉期間が解禁されると、横浜グリッツとの話し合いに臨んだ。そして正式に移籍が決定する。

 ただ、新しい生活を始めて間もないこともあったのだろう、古川は夏場のプレシーズンゲームでも調子が上がってこなかった。

「バックス戦もひどかったし、延世大戦(韓国)も失点してしまった。グリッツでは、なにせ僕は新入りですから」

 伊藤が10月にチャンスをつかんだように、古川も10月になって試合に使われるようになった。10月1日のアイスバックス戦が、古川の「開幕日」。0対3で敗れはしたが、翌週の霧降アイスアリーナの試合では勝ち点1を拾った。そして10月15日のフリーブレイズ戦でも先発起用を勝ち取り、しかし伊藤の前に敗れている。

「あの日は試合をやるのが楽しみでした。タカは、ずいぶんリラックスして試合に臨むようになったと思います。一番変わったと思うのは、プレーの読み。これまでのタカは、きれいな形で守るイメージだったんですが、今はどこが危ないのか、きちんと状況を把握して守るようになったと思います」

 そして「あらためて、フリーブレイズは強いチームだ」と思ったという。

「これまでフリブレは味方でしたが、走って、当たって、シンプルなホッケーをする。それと、安定感のある守り。今のままじゃ、やられるよなって率直に思いました」

 古川のコンディションもようやく上向きになったのだろう、11月に入るとアニャンにアウェイで初白星(11月19日)。12月3日には、レッドイーグルス北海道にグリッツ創設以来の初勝利をもたらした。ちなみに伊藤とは1月13日にも対戦して、4-6と2連敗している。

「グリッツのメンバーも年々そろってきていますし、強いとも思います。でも1試合を通して、本当に安定して自分たちのホッケーができるかといったら、どうでしょうか。いい試合をしても最後まで勝ちきれない。そこはチームとしての意識づけが必要でしょうね。守りでも、トークする場面が少ないんです。熊谷豪士さん(DF)が「声をもっと出そうぜ」と言ってくれて、だいぶ良くなっていると思うんですが」

 グリッツは今季のアジアリーグで、すでに最下位の5位が決まっている。

「巻き返しのカギになるもの、ですか? それはゴーリーの僕です。チームを全部支えてやるっていうくらい責任は重いものがある。グリッツがここまで勝ち切れないのは、僕のせいだと言っていいと思います」

伊藤のマスクの裏面は八重桜。「横にはUP TO MEの文字を入れました。自分次第、という意味です」(写真提供・伊藤崇之)
伊藤のマスクの裏面は八重桜。「横にはUP TO MEの文字を入れました。自分次第、という意味です」(写真提供・伊藤崇之)

2人に共通した思い。それは「日本代表」

 2月上旬、オリンピックの3次予選。ピンチを救い、8月の最終予選まで日本が勝ち上がった立役者のひとりは、レッドイーグルス北海道の36歳、GKの成澤優太だった。

 成澤の「ゴーリー」としての道を思う。

 2015年、5つ年下の小野田拓人がチームに入ると、成澤は2年間サブに追い込まれた。2019年から2シーズンは、ドリュー・マッキンタイアの控えに回った。それでも成澤は、一度とて心の火を消さなかった。

 成澤が「王子イーグルス」に入った当時、チームの先輩GKは、春名真仁と荻野順二(現レッドイーグルス監督)だった。

 春名は釧路湖陵高校の出身で、荻野は伊藤と同じ水戸短期大学附属高校(現・水戸啓明高校)。いずれもアイスホッケーの伝統的な強豪校ではなく、エリートとは真逆のコントラスト、いわゆる「打たれ強さ」を持っていた。

 他チームのゴーリーを見ても同様のことがいえる。バックス福藤豊は、出身は宮城の東北高校。グリッツの小野航平は、神奈川の武相高校。そして成澤の同僚・井上光明は、アイスホッケー部のない東京の武蔵野北高校だ。これははたして偶然だろうか。

 法政大学を卒業したタイミングでアジアリーグを志望するもチームから声がかからず、海外のリーグでプレーするしかなかった伊藤はこう言っている。

「大学や高校で僕を見た人のほとんどが、『伊藤がアジアリーグに?』と感じていると思います。冷静な目でみたら、たぶん僕が見てもそうだったでしょう。でも僕は、いつか、いつかと自分を信じていたし、反骨精神というか雑草魂もあったんです。それは、アイスホッケーがあまり盛んではなかった、長野生まれということもあるのかもしれません」

「ヘルメットのバックプレートには、八重桜の絵を載せています。八重桜は、普通の桜よりも咲くのが遅いんですけど、濃い印象的な色の花をつけますよね。僕のホッケー人生も遅咲きだけど、人の印象に残る花を咲かせたい。そして、いつか日本代表に入りたいと思っているんです」

 伊藤が「人よりも執着心のあるGK」だとしたら、古川は「俺のことを信じてプレーしろ」というタイプだ。

「これはフリーブレイズでの話ですが、畑さん、橋本さんの調子がよくて、僕はアイスタイムが増えないままの時があったんです。多少ケガがあろうが何しようが、正ゴーリーの座は絶対に譲らない。そういう気持ちを持たなければ絶対にダメなんだということを、2人から学んだんです」

「今はやりたいことがいっぱいあります。仕事でも結果を出したいし、グリッツとしても、もっと勝たなきゃいけない。それに、日本代表にもまた戻りたいんです。今度の五輪予選は、ホッケー選手としてうれしかったと同時に、僕は代表候補にも入っていなかった。やっぱり悔しさが残ります」

 そういえば、古川に聞き忘れていたことがあった。1年前、移籍を考える際に、フリーブレイズに「GKが4人いる」ことは頭になかったのだろうか。伊藤は今シーズンを迎える前、違うチームへ移ることも考えていたというが、「オレが移籍するから、タカが他のチームに行く必要はないんだよ」と言いたかったのではないか。

 その問いに対して古川はこう言っている。

「タカが僕の移籍に関係あるかといったら、それは考えすぎです。僕はゴーリーとして、他の3人に劣っているとはまったく感じていなかった。自分が思うような結果を残せていなかっただけなんです。だから、環境を変えるのもありなのかな、と。それに、あくまでセカンドキャリアを考えた上で移籍しようと決めたんですよ。去年の春はリリースのギリギリまで、フリーブレイズと話をしました。本当に感謝しているんです」

 周りの人間が何を言おうと、GKはあくまで「自分の力」を信じきれる生き物だ。これこそが、ゴーリーというポジションに必要な才覚なのだろう。

(終わり)

いとう・たかゆき
GK。1996年4月14日生まれ。183センチ、77キロ。長野県長野市出身。軽井沢グリフィンズ、長野イーグルスを経て高校は茨城・水戸啓明へ。法政大学を卒業後、フィンランド3部の「レーザーHT」で2年、フランス4部の「シャンピニー・ホッケークラブ」に1年在籍し、2022-2023シーズンより東北フリーブレイズに入団。2年目の今季は、全日本選手権で決勝のマスクをかぶるなど、力をつけている。背番号は「33」。弟は、栃木日光アイスバックスのFW・俊之。

ふるかわ・しゅん
GK。1996年8月29日生まれ。183センチ、80キロ。青森県八戸市出身。八戸ジュニア、八戸東ジュニアを経て八戸第二中、八戸工大一高、東洋大学へ進学。大学4年のインカレ終了後、2018-2019シーズンに東北フリーブレイズに入団する。大学在学中から日本代表の合宿に呼ばれるなど資質を高く評価されていたが、2022-2023シーズンで退団。今季から横浜グリッツへ移籍する。当初は3番手スタートだったが、シーズンが深まるにつれて主戦GKへ立場を変えた。背番号は「34」。

山口真一

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