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2024-10-23

【サッカー】サッカーに必要なメンタルとは?「しなやかな心を育てる」第27回:パワハラを起こさない手法

昨今メディアで取り上げられるようになった「パワハラ」。スポーツ界でも、指導者のハラスメントは度々報道されている。パワハラを起こさない指導者のアプローチとは(イラスト/丸口洋平)

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明るく楽しく練習に取り組む京都精華学園高校女子サッカー部。全国3位という躍進の原動力となったのは、「サッカーを好きになり、うまくなりたいという気持ちを引き出す」指導である。2021年度まで同校を率い、現在はINAC神戸レオネッサでアカデミー統括部長を務める越智健一郎が語る「サッカーとメンタル」。今回は、近年、メディアを中心に取り上げられることが多くなったハラスメントについて語る。
※本記事はサッカー指導者向け専門誌『サッカークリニック』2024年11月号から転載

取材・構成/鈴木智之

|お互いの思いは違うものと認識する

今回は、スポーツ界で起こりがちな「ハラスメント」について話していきます。

昨今、指導者のパワハラがメディアで大々的に報道されるようになりました。スポーツ現場における認識をアップデートしなければいけない時代になったのです。

パワハラは、立場が上の指導者(大人)が、選手(子供)に対し、過剰な言葉を使って指導したり、ときには暴力を振るったりといった形で問題化します。パワハラが起こる原因の1つは、お互いの立場や思いが違うこと。目線や考え方が違うと、衝突しやすくなります。

大切なのは、誤解や行き違いを未然に防ぐことです。中には、悪意がないのに不当に批判されたり、解任されたりする指導者がいます。立場が弱い側である選手の「言った者勝ち」になってしまうのは良くありません。選手、保護者、指導者、学校側の4者で話し合う場を早い段階で持ち、お互いの前提条件をすり合わせることが重要なのです。

指導者としては、自分の立場を守るためにも、選手や保護者とのコミュニケーションを欠かさないことが大切です。これは、現代の指導者に不可欠な要素かもしれません。前提条件をしっかり共有しておけば、「運が悪かった」で済まされるような事態を防げるはずです。

例えば、選手が撮影した動画が出回ってしまったとしても、事前に約束事を決めておけば、味方(理解者)が現れることでしょう。ただし、「隠せ」や「証拠を出せ」といった高圧的な態度は逆効果です。第三者を交えて、より良く過ごすためのルールづくりをするのが良いでしょう。

お互いの思いは違うものと認識し、尊重し合うことが大切です。感情的にならないように心がけ、約束事を早い段階で決めておくことが肝心なのです。


選手はもちろん指導者の立場もハラスメントから守るための対策は、越智氏の指導者としての素晴らしい経歴の裏で紆余曲折したことがうかがえる(Photo:INAC神戸レオネッサ)

|気持ちが行きすぎるとパワハラ指導になる

パワハラによくある図式が、期待をかけた選手に対し、監督が過度な指導をした結果、選手がそれに耐えきれずに、心が折れてしまうケースです。指導者が期待を寄せるあまりに、不甲斐ないという気持ちをうまく伝えられず、選手を傷つけてしまうのです。

特に、キャプテンや試合に出ている選手に対しては、みんなの代表として試合に出ているのだから、もっとしっかりプレーしてほしいといった考えがあるのでしょう。その結果、より高い要求をしてしまうのですが、その選手の実力やメンタル面の耐性をしっかり見極めておく必要があります。

また、キャプテンを「見せしめ」として怒るケースがあります。その選手のためというよりは、周囲への波及効果を期待して、厳しく接する方法です。しかし、これも古い指導方法で、現代では適切ではありません。

「負けたときは監督のせい、勝ったときは選手のおかげ」といった言葉があるように、うまくいかないときの責任は指導者にあります。指導者は、どうしてうまくいかないのかを考えなければいけません。それをやらずに、キャプテンや選手のせいにして、大声で叱責するのは指導とは言えません。

サッカー界には、「自分に矢印を向ける」といった言葉があります。監督が選手にそう言う場面を目にしたり、実際に言われたりしたことがある選手は多いでしょう。その言葉の通りで、選手に責任を押しつけるのではなく、指導者も、自分の指導を振り返ることが大切です。これは、多くの指導者が心に留めておくべきことです。

キャプテンに矢印を向けると、指導は楽かもしれません。しかし、怒る回数と強さが増せば、その選手の心が折れてしまうのは当然のことです。矢印が本当の矢となり、心に突き刺してしまうのです。

私には、キャプテンを怒るという考え自体がありません。言い方は悪いかもしれませんが、それはある意味、期待していないからです。期待を強く持ちすぎると、厳しい指導につながるものです。「おまえなら、もっとできるだろう」などと、気持ちが行きすぎると、パワハラと呼ばれる指導になってしまうのです。

過度の期待は、パワハラの一因になります。企業の営業職に置き換えると、わかりやすいかもしれません。「今月中に売り上げ〇円を達成しろ」「〇件の契約を取ってこい」などと高いノルマを設定し、それが達成できるまで、徹底的に追い詰めるようなやり方は、まさにパワハラです。そうではなく、大切なのは、適切な目標設定です。例えば、過度に期待するのではなく、その人の能力の10パーセント増しを目標にすると良いでしょう。その中で、60パーセントの達成なら普通ですが、80パーセントを達成できたらすごいことですし、110パーセントまでいけたら最高。そのような見方をしてみるのはいかがでしょうか。

多くの指導者が、「彼はキャプテンだから」と言って、150パーセントも200パーセントも求めてしまいます。そのため、60パーセントくらいの達成率だと、カミナリを落としてしまうのです。

ベンチプレスを例に挙げましょう。自分の体重と同じくらいの重さを持ち上げられれば十分なのに、体重の1.5倍をいきなり求めて、「できなければダメだ」と言うのはおかしな話です。

無理なものは、無理なわけです。適切な目標設定と、設定のもととなる分析力が求められるのです。

|それぞれに合わせたコミュニケーション

その選手にどれくらいの能力があるのか、適切な目標はどれくらいなのか、そこを見極めるのが、指導者の大切な仕事です。その見極めができていないのに、高い負荷をかけて、「なぜ、できないんだ」と責めるのはよくありません。「去年のキャプテンはできていた」といった比較も、もちろん不適切な発言です。

適切な期待値の設定が大切です。「期待しない」のではなく、「適切に期待する」こと。その結果、指導者と選手の間に、信頼関係が生まれるのです。

ただし、ここでまた、難しい問題が出てきます。指導者側がこの子はもっとできるはずだと思うことです。もっと強くアプローチしても、それに応えてくれるんじゃないかといった考えに陥ってしまうのです。

そのアプローチが本当に選手のためになるのかを常に考える必要があります。強いアプローチが、逆効果になることもあるわけです。選手にその気がないのに、無理強いするのは逆効果。チームにとってプラスになる戦力だと思ったり、その選手を伸ばしたいと思ったりするのなら、違うアプローチを考える必要があるでしょう。

私が勧める方法は「偶然の(偶然を装った)アプローチ」です。みんなの前で話したり、選手を呼び出して話したりするのではありません。例えば、その選手と廊下ですれ違ったときやその選手が1人でストレッチをしているときを逃さずに、「最近どうや?少し話ししよか?」などと声をかけるのです。この手法が、良い効果を生む可能性があるのです。

特に、一癖ある子は、みんなの前でさらし者にしたり、叱責したりしてはいけません。背後からそっとくすぐってあげるような方法が、効果的です。照れ屋だったり、あまのじゃくだったりするからです。

そういう子たちは、持っているものを出さなかったり、カッコつけたがったりします。でもそれは、周囲の目があるからカッコつけているだけ。だからこそ、周囲の目がない状況でのアプローチが重要なのです。

指導者として大切なのは、選手一人ひとりの性格や特性を理解することです。そして、その理解に基づいて、個別のアプローチを考えるのです。全員に同じ方法で接するのではなく、それぞれに合わせたコミュニケーションを見つけましょう。

例えば、ある選手には厳しく接することが、効果的かもしれません。でも、別の選手には優しく寄り添うことが必要かもしれません。また別の選手には、冗談を交えながら接するのが有効かもしれません。こうした個別のアプローチには時間と労力が必要ですが、各選手の潜在能力を最大限に引き出すには、避けて通れない道です。

指導者としては、常に観察し、学び、試行錯誤を続けていく姿勢が大切なのです。そうすると、チーム全体の成長も促進されることでしょう。結果として、選手たちとの信頼関係が深まり、より良いチームになっていくのではないでしょうか。

【今月のポイント】

1. 指導者も、自分を振り返る
2. 能力の10パーセント増しを目標にする
3. 周囲の目がない状況でのアプローチが重要


(Photo:INAC神戸レオネッサ)
越智健一郎(おち・けんいちろう)
INAC神戸レオネッサアカデミー統括部長
1974年生まれ、愛知県出身。愛知県立瀬戸高校から日本体育大学へ進学。愛知県の高校で2年間講師を務めたあと、京都精華女子高校(現在の京都精華学園高校)へ赴任した。2006年にサッカー部を創部し、監督に就任。サッカーの楽しさと勝利を両立させ、12年度の全日本高校女子サッカー選手権大会で3位、14年度の全国高校総体で準優勝に導いた。個々の技術の高さと判断力をベースにした魅力的なサッカーは、女子高校サッカー界で異彩を放った。21年度も全日本高校女子選手権に出場。22年からINAC神戸レオネッサでアカデミー統括部長を務める


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