「アジアリーグからもオファーが届いた。でも僕はやっぱり、海外でプレーしたい」 8月に始まった五輪最終予選。日本代表は3戦して勝ち星はなかったが、FW佐藤優の「戦い」はそれで終わりではなかった。8月にグラスゴー(イギリス)への移籍が決定したのはいいが、決定後ほどなくして「前年度にロシアでプレーした選手は、今季の選手登録が認められない」ことがわかったからだ。
「俺、秋からプレーするチームが決まっていないんだ…そういう不安はやっぱりありました。でも、大事な五輪予選ですからね。できるだけ考えないようにしていたんです」
9月2日、五輪予選が終わって日本へ帰るところを、佐藤は予定を変更して、急遽ロシアへ戻った。エージェントと日夜を通して話し合いを行い、KHLの1つ下のクラス、VHLの「ディナモ・アルタイ」との契約が決まった。
最初はヨーロッパ、北米を中心にチームを探していた。ところが、「前年度、ロシアでプレーしていた」という規約がどこも厳しくのしかかる。日本のアジアリーグのチームからもオファーが届いたが、「やっぱりできるところまで海外でやりたいです」と、断りの返事を入れた。
ディナモ・アルタイは、ロシア東部の「アルタイ共和国」にある。モンゴルや中国のウイグル自治区に近い地域で、日本との時差は2時間。これまでモスクワ近郊に住んでいた佐藤だが、アルタイは昔ながらの田舎町で、いわゆる「ヨーロッパ・ロシア」とは違う風景が広がっている。
「チームのオーナー、スタッフからは大きな期待をかけてもらっているんです。そこが昨シーズンとは一番、違うところです」。佐藤はチームの主力セットに組み入れられ、スペシャルプレーやオーバータイム、PSにも出場している。
VHLでは11月24日現在で15試合、5ゴール6アシスト。9月の中旬からおよそ3週間、ビザの関係で日本に滞在していたのだが、それでも満足いくスタッツではないだろうか。
6月にはトップリーガーのサマーキャンプに参加、7月の日本代表合宿に備えた「シュートが外れたデンマーク戦のことは今でも、ことあるたびに思い出すんです」 五輪最終予選では、3試合で0ゴール、0アシストに終わった。
「格上相手にも僅差で戦えた。そこは、ポジティブにとらえてもいいんじゃないでしょうか。みんな悔し涙を流していて、でも、熱い選手たちだった。勝ちを目指して本気で戦っていたというのは、誇りにしていいと思います」
日本代表に敗因があったとすれば、それは「チャンスに決めきること」だという。
「海外でプレーしているからこそ、痛切に思います。外国の選手は、ここってところで必ず決める。そして、ずっと守っているんじゃなくて、パックをキープして、自分たちのホッケーを大切にしているんです」
デンマーク戦では延長62分、佐藤のシュートがポストに当たり、63分にデンマークにサヨナラゴールを奪われた。
「デンマーク戦と、世界選手権のイタリア戦(延長開始5秒で決勝ゴールを浴びた)は、今でもことあるたびに思い出します。今季はVHLでも大事な場面で使ってもらっていますが、この経験が生きていると思うんです」
11月には恩師のワシリー・ペルウーヒンさん、父の英明さんがロシアに観戦に訪れた(写真提供・佐藤英明さん)「22歳。でも、もう若手じゃない。キャリアの中で一番、重要だと思う」 埼玉ジュニアウォリアーズの1つ上の先輩、FW磯谷奏汰(栃木日光アイスバックス)も五輪最終予選に選ばれていたが、直前合宿で「13番目のFW」と評価されて、メンバーからは外された。
「五輪予選で奏汰はいつも声をかけてくれたし、僕のことを助けてくれた。本人は相当、悔しい思いをしたと思います。でも、さすがは奏汰です。アジアリーグに入って、プレーにも気合が入っている(11月24日現在、16試合で8ゴール15アシスト)。弟の建汰(WHLワナッチー)も毎年ギアを上げてくるし、磯谷兄弟のことは意識しています」
佐藤は、日本代表の中では最年少の22歳。それでも危機感を持って、今シーズンに向かっているという。
「22歳といいますが、世界のホッケーではもう若手じゃないんです。キャリアの中でも一番、重要な時だと思います」
「まずは、VHLの上位に食い込みたい。そして個人的には、KHLにまたコールアップされることを目標にしています」
アルタイでは「街を歩いていても、よく声をかけられるんです。熱い国ですよ。見られているというのを感じます」という。
試合でも、そして街を歩いている時でさえも、佐藤はロシアで「戦い」をしている。「すいません。これから練習なんで」。日曜日の夕方、吹雪の中で佐藤は言った。
佐藤優 さとう・ゆうディナモ・アルタイ、FW。2002年4月17日生まれ。177センチ、77キロ。埼玉県さいたま市出身。埼玉ジュニアウォリアーズで3歳からアイスホッケーを始め、小学5年でロシアへ。クリリヤ・ソビエトフのジュニアチームなどでプレーした後、バンター(フィンランド)、QMJHLケベック、USHLリンカーンを経て2022-2023シーズンはKHLのトルペードで活躍する。翌シーズンはトルペードのほか、VHLトゥーラ、ペンザでプレーし、今季は8月にグラスゴー・クラン(イギリス)と契約。前年度ロシアのクラブに在籍していた選手はプレーできないことがわかり、9月にあらためてVHLのディナモ・アルタイ(ロシア)に移籍した。今春の世界選手権と、夏の五輪最終予選で日本代表。「アルタイの背番号は88です。グラスゴーで8番をつける予定だったんですが、仲のいい寺尾勇利さん(栃木日光アイスバックス)の番号という意味もあります」