「今は、チーム2番目のポイント数。徐々にリズムに乗ってきた感じです」 平野裕志朗は今季、ヨーロッパのリーグでプレーしている。オーストリア、イタリア、スロベニア、ハンガリーの4カ国からなる「ウィン2デイ・ICEホッケーリーグ」。ICEとは「インターナショナル・セントラル・ヨーロピアン」の意味だ。
ICEリーグは13チームが参加しており、平野がプレーする「HCインスブルック」は12位(12月1日時点)。平野は22試合を終えて、5ゴール12アシストというスタッツを残している。
五輪予選が終わった9月はコンディション面で苦労したそうだが、時間がたつにつれて調子が上がってきている。
「今、チームは7勝16敗。サラリーキャップではインスブルックはリーグで一番、低いみたいで、正直に言うと選手はあまり集まっていないんです。若い選手が多いんですよ」
「今はポイント数でいうと、チーム2番目。最初のうちは、チャンスに決めきれない部分も多かったんです。それが、徐々に流れに乗ってきた。今は、このリズムを積み重ねていけばいいのかなと思っています」
11月中旬には、3試合連続ゴールも決めている。「ユーシロー!」「ヒラノ!」。オーストリアやドイツではおなじみの光景だが、場内MCとウルトラ(サポーター)との掛け合いが、今後はさらに増えていくのだろう。
インスブルック移籍は、7月の代表合宿中に正式に決まった。「海外でプレーする」ということは、本当に覚悟が必要なのだ 「GKを上げる指示は出ていなかった。本当に上げるつもりだったのかな」 8月末からの五輪最終予選では、第1戦のノルウェー戦で2点目のゴールを決めた。
「中島彰吾さん(レッドイーグルス北海道)からの横パスで、上手なキーパーは横にもついてくるんですが、そこで決めることができた。チームにとって流れがつくれたんじゃないと思います。でも、日本としてはあと一歩というのが足りなかった」
日本代表は、3試合して3連敗だった。スコアはノルウェーと2-4、デンマークとは延長の末に2-3で敗れ、イギリス戦は後半に追い上げたものの2-3だった。
「ランキング上位の国と互角に戦えたとは、僕はまったく思っていません。ただ、今の日本の現状として、小さく守って相手のミスにしっかり付け込むホッケーは、はっきり出せたと思う。試合に勝つためには、日本はまだ足りないものがあると思うんです」
ほかにも日本には不足しているものがあった。「こういう時にはこうしよう」というチーム内の約束事が、できているとは言いづらかったのだ。
「デンマーク戦では60分勝ちしなければいけないのに、それを全員が共有できていなかった。ゴーリーを上げろという指示が、ベンチでは出ていなかったんです。後になって、ずっとDゾーンで攻められていたから上げる時間がなかったと言っていましたが、はたして本当に上げるつもりだったのかな…というのは感じました」
「コーチ陣は、デンマークを相手にオーバータイムまで行った、そのことを誇りに思うべきだと言ってくれました。でも正直、選手たちは悔しいの一言ですし、自分たちができない実力のなさに、もどかしさも感じていたんです。自分はデンマーク戦の後で言葉を発しましたが、感情のコントロールができない、重たい気持ちのままだったんです」
今夏の日本代表は、平野の言葉が「心のよりどころ」になっていた。「オリンピックの出場権をとれれば、俺らの人生が変わるよ。裕志朗さんが言っていた言葉です。だから、どんな形であろうと勝ちを取りにいこう。その気持ちは、日本の選手はみんなが持っていたと思います」と中島照人(HCメラーノ・FW)は話している。
平野自身はこう振り返った。
「あの瞬間、オリンピックの出場権がダメになったわけです。それで次の大会が来るまでに悔しさを忘れて、いざ戦いの時が来て、また負けた、悔しい…の繰り返し。僕たちはこれを変えていかないといけないんですよ。この悔しさを絶対に忘れないで、世界選手権でトップディビジョンに上がって、世の中を変えていかないといかない。そのためにも、今日の悔しさを絶対に忘れないでいてほしい、それをみんなには伝えたんです」
6月に東大和で、トップリーガー同士のキャンプに参加。夏の間も積極的に氷に乗って、五輪最終予選に向かった「教えてくださいと、なぜ言えないのか。今がホッケーを変えるチャンスなんです」 今回の五輪予選。はたして日本の戦術は、デンマークやノルウェーといったアイスホッケーの先進国を相手に通用したのだろうか。
「小さく守って、相手がミスしたらラッシュをかけて点を取りにいく。そこは、しっかりイメージができていたと思います。ただ、あそこまで長い間攻められると、本当に何にもできなかった。パックを投げてしまう(相手のパックにしてしまう)のが反省点だと思います」
「守って、守って…よし、やっと代われる。そういう場面が多かったんです。メンタル的にも、パックキャリアには相当、プレッシャーがかかっていた。ただ、それに対して周りの4人の動きがどうだったのか。みんなの足が止まって、Dゾーンからパックを出したいのに見ている…それを改善していきたいと思っているんです。目指しているのは60分間、互角にやり合うホッケー。今回の負けをどう生かしていくかが、まだできていないんですよ。ビデオクリップをつくったからみんなで見てみようという時間もつくってもいいんじゃないかという気もしますし、常に共有できるシステム、それがあれば次の世代にもつながっていくと思いますから」
日本に帰ってきた時には、ビジネスパーソンとの時間を大切にしている平野。シーズン中はホッケーに夢中だからこそ、オフの出会いを大切にしている。
「僕がアイスホッケーの営業をしている立場にいるとしたら、毎日、企業の人に会いに行くと思います。アイスホッケーは、残念ながらビジネスのノウハウを持っていない。格好つけても、しようがないじゃないですか。わからないんです。教えてください。そういう言葉が、なぜ言えないのか。今がアイスホッケーを変えていくチャンスなんですよ」
オーストリアで暮らす平野は、いつも「日本を変えたい」と思ってプレーしている。毎日の練習に行く時も、そしてバスに乗って遠征に行く時でも、ヨーロッパの片隅から日本の変化を待ち望んでいる。
「オリンピックの出場権をとれれば、俺らの人生が変わるよ」。29歳の平野がオリンピックに出るためには、一体、あとどれくらいの時間が必要なのだろう。
平野裕志朗 ひらの・ゆうしろうHCインスブルック・FW。1995年7月18日生まれ。北海道苫小牧市出身。父は古河電工のDF・利明氏。苫小牧緑小(駒澤ジェッツ)、苫小牧和光中(王子ジュニア)から白樺学園高。卒業後はスウェーデン・ティングスリュード、USHLヤングスタウンを経て東北フリーブレイズへ入団する。2017-2018シーズンからカルマル(スウェーデン)、AHLウィルクスバリ・スクラントン、ECHLウィーリング、ECHLシンシナティ、横浜グリッツ、AHLアボッツフィールド、AHLユティカ、ECHLアディロンダックへ所属し、今季からインスブルック(オーストリア)でプレーする。