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2024-12-27

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第25回「ミステイク」その1

平成25年10月7日に明治神宮で奉納された横綱土俵入りで、露払いの時天空が日馬富士の右側にいってしまい、戸惑う太刀持ちの宝富士

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春は、うっかり、が多い季節でもあります。
そう、物忘れ、言い間違い、取り間違いなどなどです。
日々、真剣勝負の大相撲界でも、緊張のあまりでしょうか。
意外にこのうっかりが多いんです。
もっとも、こちらは季節に関係ありませんが。
そんな、いけねえ、やっちまったよ、と頭をかきたくなる失敗談を集めました。
ま、笑ってやってください。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

露払いが逆位置
 
令和3年春場所3日目から白鵬(現宮城野親方)も休場してしまい、前年の7月場所以来、4場所ぶりに見ることができた横綱土俵入りも、またまたわずか2日で打ち切りになったが、あの横綱土俵入りの介添え役の露払いと太刀持ち、どっちが右で、どっちが左か、もちろん、ご存知ですよね。
 
平成25(2013)年10月7日、両国国技館で全日本力士選士権が行われ、これに先立って明治神宮で横綱土俵入りが奉納された。このときに横綱日馬富士の露払いを務めたのが、直前の秋場所、途中休場した安美錦(現安治川親方)の代打で駆り出された時天空だった。一門外、しかも急きょ、ということでなにもかもが不慣れ。なによりかにより露払いは、横綱の前、つまり行列の先頭を歩かなければいけない。見よう見まねができないのだ。
 
このため、神妙な顔で真っ先に入場してきた時天空。なんと本来は横綱の左側に入らなければいけないのに、間違って反対の右側に入ってしまった。さあ、困ったのは、太刀持ちの宝富士。正しい位置に行きたくても、すでに時天空がいる。まさか露払いと太刀持ちが2人並んで、というワケにもいかない。やむなく本来なら露払いがいるべき左側に進み、日馬富士もなんとか土俵入りを済ませたが、まだ問題があった。
 
引き揚げるときも左側の露払いが先頭に立たなければならない。それが務めだ。しかし、その左側は太刀持ちの宝富士。どうしたらいいか、宝富士が迷っていると、土俵入りを済ませた日馬富士がジッとみている。こうなったら致し方ない。宝富士は「エイッ」とばかり、太刀をいつもより高々と掲げたまま先頭に立ち、真っ赤な顔で花道を引き揚げた。
 
当然、一番後ろは露払いの時天空。この前代未聞の横綱土俵入りを気づいた見物客は少なかったが、そもそもの発端となった時天空は、

「明治神宮で滅多にできない経験をして、しかも間違えた。引き揚げるとき、あれっ、(順番は)どうだったかなと思い、そこで初めて(自分が)間違ったことに気づいた」
 
と苦笑いしていたが、冷や汗をかきっぱなしだった宝富士は、

「びっくりしたけど、どうしようもないもんね」
 
とため息をついていた。
 
こんなハプニングがあったにもかかわらず、この日の幕内トーナメントでは日馬富士が決勝で琴奨菊(現秀ノ山親方)を上手出し投げで降して優勝した。通算5度目で、これは双葉山、曙の4回を抜く史上最多記録だった。日馬富士は、

「すごいな。うれしいな」
 
と目を細くして喜んだ。さすが横綱だ。この世紀の珍土俵入りを演じた時天空が37歳の若さで亡くなってもう7年経つ。時の流れは早いものですね。

月刊『相撲』令和3年4月号掲載

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