マラソン理論の基礎を築いたといわれ、多くの五輪メダリストを育てたニュージーランドの伝説的なランニングコーチ、アーサー・リディアード。『リディアードのランニングバイブル』(大修館)は、多くの日本人ランナーに愛読されている。これから12回にわたって、そのリディアードのトレーニング理論をリディアード・ファウンデーションの橋爪伸也氏にひも解いてもらう。
※『ランニングマガジン・クリール』2017年5月号から2018年4月号まで掲載された連載を再構成しました。
扉写真/左端のランニング姿がリディアード。「ジョギングの生みの親」としても今日まで語り継がれている Photo : Lydiard Foundation
次のストーリーを想像してみてください。
ある日のこと、中年の靴屋のおじさんが走り始めました。「人間はどれくらい走れるのだろう、中年でも記録(トラック競技)は良くなるのだろうか?」という素朴な疑問を満たすために――。
当時は、陸上競技の専門書にも「週に50㎞以上も走ると心臓によくない」と書かれていた時代。それでも彼は朝夕問わずに走り続け、走行距離はついに週に200㎞近くにまでなりました。そして走れば走るほど力がみなぎってくることを感じ、40歳に手が届こうかという年齢でも、トラックでの中距離のタイムまで自己記録を更新していきます。
やがて、そんな彼に興味を示した近所の若者たちが一緒に走るように。そのたった10数名に満たないローカルチーム(自宅が半径20㎞圏内)から、5人が五輪代表となって2人が金メダル、1人が銅メダルを獲得。さらに続く4年間で勲章を次々にコレクションし、果ては世界記録を塗り替えるまでに成長しました。迎えた次の五輪でも金メダル2個、銅メダル1個を手中に収めたのです。
こうしたおとぎ話のような「サクセスストーリー」が、実は半世紀も昔に南半球の島国、ニュージーランドのオークランド市郊外で本当に起こったのです。この「中年のおじさん」の名前は、アーサー・リディアード。スポーツの指導経験も運動生理学の知識もなく、高校は世界恐慌の影響で中退していました。
そんな彼が確立したトレーニングこそ、「近代の持久スポーツ・トレーニングの基礎」といわれているのです。日本でもエスビー陸上部の故・中村清監督や、佐倉アスレチック倶楽部の小出義雄監督、そして今や“時の人”でもある青山学院大学の原晋監督らが称賛しているトレーニング法です。
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