守備側の並びやプレスのはめ方を見定め、位置的優位を手にする
サッカークリニック5月号の特集は「進化するビルドアップとその指導」。
体格などを鍛えるビルドアップ…ではなく、サッカーにおいては、パスなどによって自陣の後方から前方までつなぐプレーを指すが、チームや個人によって解釈も異なる。
まずはJリーグ2025シーズンのビルドアップの傾向と、柏レイソル、FC東京、ベガルタ仙台の3チームのビルドアップに注目して詳しく解説する。
文/北條聡
(引用:『サッカークリニック 2025年5月号』-【特集】進化するビルドアップとその指導 PART5:Jリーグ2025のビルドアップ-より)
ビルドアップの質を高めたチームの台頭
いかにして、苛烈なプレスをかいくぐって、相手ゴールに迫るか。今季のJリーグでは、ビルドアップに工夫を凝らすチームが、目に見えて増えた。それもJ1、J2の違いを問わずーだ。
近年のJ1では、王者ヴィッセル神戸を筆頭に、プレス回避の手立てとして、ロングボールを多用するチームが、目を引いた。だが、今季はやや様相が違っている。
際立つのは、ビルドアップの質を高めたチームの台頭だろう。開幕ダッシュに成功した柏レイソルや湘南ベルマーレがそうだ。新監督を迎え、ポゼッション志向を強めるFC東京やアビスパ福岡も少しずつ形になってきた。共通項は、相手の出方を見ながら立ち位置を修正し、ビルドアップの出口をつくる引き出しの多彩さだ。守備側の並びやプレスのはめ方を見定め、位置的優位を手にする。配置は「2–3–5」「3–2–5」「3–1–6」が主流だが、誰がどこに立つかは流動的だ。
一方、守備側がプレスを試みる際にマンツーマンではめてきた場合の打開策は、依然、課題となっている。それこそロングボールが有用ーというわけだが、正面から課題に取り組むチームが少なくない。実際、足元の技術を備えるGKを使って、ビルドアップに絡めるチームが増えてきた。確かに、当世風のGKがいれば、相手のマンツーマンを打破するための数的優位を確保しやすい。
さらに、守備側が事前にマークする選手を決めている場合は、大胆なポジションチェンジ(配置転換)が有効だ。J1だけでなく、J2でも、一部のチームが、これを試みている。
あとは、個の力を十全に生かす「質的優位」だ。選手間の距離はもちろん、パスの角度から速度や精度に至るまで、違いをつくり出す人材を登用し、ビルドアップの質を高めたチームもある。武田英寿と鎌田大夢を中盤の底に並べるベガルタ仙台をはじめ、技術とパスセンスに優れたピボットのペアがJ2のトレンドになっている。
攻撃側の位置的優位を削り取るマンツーマン・プレスにどう対抗するか。打開策は、少数派ながら見えつつあるのかもしれない。
柏レイソル:中央の経路を使える柏

(Photo:J.LEAGUE)
【図】柏レイソルのビルドアップの一例はこちら
今季のJ1において、最もポゼッションに優れたチームが柏レイソルだろう。リカルド・ロドリゲス新監督の下で、ポジショナルプレーを早々と実装し、多彩なビルドアップを演じている。
初期配置は「3‒4‒2‒1」だ。そこから守備側の出方を見定めながら、各々が、速やかに立ち位置を変えていく。しかも、その選択肢が、実に広い。守備側が「4‒4‒2」でくるなら「3‒1‒6」、「4‒1‒3‒2」なら「3‒2‒5」といった具合。また、相手がアンカーを消しにくる「4‒2‒3‒1」や同じ配置の「3‒4‒3」の場合は、「2‒3‒5」やGKを絡めた「4‒2‒5」(「2‒4‒5」)の並びで、煙に巻く。しかも、事前準備が行き届き、各々の位置どりに迷いがない。
興味深いキャストは、「3‒1‒6」の「1」にあたるアンカーの熊坂光希だろう。守備側の第1ライン(FW)の背後に構え、最後尾から盛んにパスを引き出すと、やすやすと前を向き、好パスを放つ。まさに司令塔といった趣だ
ビルドアップの際に中央の経路を使えるのが、柏の大きな強みとなっている。熊坂の斜め前に陣取る左の原川力と右の小泉佳穂が、相手のドイス・ボランチをピン留めし、熊坂をフリーにするというわけだ。
さらに、両サイドの高い位置に出口をつくる工夫も面白い。3バックの左を担う杉岡大暉がボールを持った際は、左ウイングバックの小屋松知哉が後退しながら相手のサイドバックをつり出し、そして、その背後のスペースに左シャドーの仲間隼人が流れ、杉岡の縦パスを引き出すといった寸法だ。
逆に、高い攻撃力を持つ小屋松をハイサイドへと押し上げたあと、その背後に広がるスペースに原川が流れ、攻撃の起点となるケースもある。柏の面々は、こうした多様な仕掛けをまるで息を吸うようにこなすのだ。それは、各々の位置どりについて、指揮官から細かく指導されている証だろう。
しかも、前とうしろに「いざというとき」の奥の手(ターゲットマンとビルドアップ型GK)も用意している。基本の位置的優位に数的優位と質的優位がそろった柏の進撃は、まだまだ続きそうだ。
FC東京:俵積田が活きるFC東京
(Photo:J.LEAGUE)
【図】FC東京のビルドアップの一例はこちら
柏レイソルを筆頭に、新監督を迎え入れ、ビルドアップに力を注ぐチームが増えた。偽サイドバックを活用するセレッソ大阪もその1つだが、今後の展望を含め、選択肢が広いのはFC東京かもしれない。
初期配置は「3‒4‒2‒1」だ。ビルドアップが改善に転じたのが、第4節の鹿島アントラーズ戦あたりから。守備側が「4‒2‒3‒1」の場合、3バックの両脇がワイドに広がり、ドイス・ボランチの一角を担う橋本拳人が最後尾に下りて森重真人と並び立つ《ミシャ式》を実装するなど意欲的だ。
ミラーゲーム( 相手も「3‒4‒3」)の場合も同じ。3バックのうちの2人が中央に残ると、もう1人が外に流れ、ドイス・ボランチの1人が前線に進出する「2‒3‒5」の形も、手の内にある。開幕当初こそ、試行錯誤の感が否めなかったが、試合を重ねるごとに少しずつ様になってきた。
韋駄天ぞろいの攻撃陣を活かすなら、本来はカウンターアタックがベストだろう。ただし、相手側は、その点を百も承知。裏返しにされるリスクを鑑み、ミドルゾーンに構えるケースが少なくない。それを打ち破るには、ビルドアップの質を上げ、ブロック崩しに挑むほかないわけだ。
無論、「1対1」で質的優位に立つ左シャドーの俵積田晃太を活かす仕掛けもある。3バックの一角を担う岡哲平が左後方でボールを持った際は、左ウイングバックが後退しながら守備側のサイドバックをつり出すと、背後のスペースに流れた俵積田に縦パスを放ち、「1対1」で勝負させるという寸法だ。
相手が「4‒4‒2」の場合、守備側のセンターバックは1トップにピン留めされており、俵積田を捕まえるのは、総じてボランチになりやすい。つまりは完全なミスマッチで、俵積田の「単騎駆け」が一段と活きる状況が整う。
ちなみに、ビルドアップにおいて、同じ手法を採るチームが少なくない。柏や湘南ベルマーレがそうで、「4‒4‒2」の攻略に向けた常套手段の1つになりつつある。
あとは、ビルドアップの進展に結果が伴うかどうか。真価が問われるのはこれからだ。
ベガルタ仙台:武田と鎌田を併用の仙台
(Photo:J.LEAGUE)
【図】ベガルタ仙台のビルドアップの一例はこちら
今季のJ2では、ビルドアップの局面で重要な役割を担うドイス・ボランチに、達者な技術を持つタレントを並べる起用法が、密かなトレンドになっている。
開幕から破竹の快進撃を演じているジェフユナイテッド千葉、ボール保持率を大きく伸ばした水戸ホーリーホック、開幕から好調を維持するカターレ富山が、これに該当する。もちろん、この項で取り上げるベガルタ仙台も例外ではない。
大分トリニータに快勝した第3節から、武田英寿をドイス・ボランチの一角に起用。ペアを組む10 番の鎌田大夢との絶妙の連係を披露し、ビルドアップの質を大きく引き上げることになった。
初期配置は実にオーソドックスな「4‒4‒2」だが、攻めに転じると、各々が、立ち位置を変更。相手が「4‒4‒2」の場合、「3‒1‒6」の並びで、ボールを動かす。うしろの「3‒1」は、主に2人のセンターバックとドイス・ボランチだ。
武田と鎌田の一方が、最後尾に下がり、もう一方が、相手FWの背後に立つ。そして、武田と鎌田の軽快なパス交換から第1ラインをブレイクし、ボールをやすやすと前進させる。つまりは、ビルドアップを試みる際に、位置的優位のみならず、質的優位を手にする格好。それまでとは完全に別チームと呼べるくらいの変貌ぶりである。
さらに、質的優位を深掘りすると、最後尾から素早くボールを運びながら、ライン間で待つ味方へ鋭い縦パスを放つセンターバックの菅田真啓の働きも、大きな強み。立ち位置が同じでも、選手次第でビルドアップの質が変わる良い見本だ。また、位置的優位の新たな要素が、左サイドバックの石尾陸登だろう。最後尾にとどまり、「3‒1‒6」の「3」を担う場合もあるが、多くはファジーな位置どりで攻めに絡み、守備側にとって、捕まえにくい存在となっている。
森山佳郎監督が「ぐるぐる」と呼んでいる配置転換も、工夫の1つ。左ウイングの相良竜之介が内側に潜り込む一方で、前線の荒木駿太が、無人となった左サイド裏に流れ、パスを引き出している。この先、どんな仕掛けを用意しているか、興味が尽きないところだ。
※情報はJ1リーグ、J2リーグともに第6節終了時点
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