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2019-08-22

SPECIAL REPORT アイスランド・サッカー協会の方針 「躍進の原動力は『3本の矢』」 <前編>

2016年のEUROと18年のワールドカップに初出場し、新たなサッカー史を書き記しているアイスランド代表。いかなる強化策が実を結んだのだろうか? 『第11回JFAフットボールカンファレンス2019』での講演を通じて「小国の秘策」をひも解きたい。

(出典:『サッカークリニック』2019年9月号)

上のメイン写真=2016年に行なわれたEUROで初出場ながらベスト8進出を果たしたアイスランド。現在は来年開催のEURO2020出場へ向け、予選を戦っている(写真はグループHのフランス戦) (C)gettyimages

初心者にこそ
有資格者の指導

 ワールドカップの本大会に出場したことのある国々の中で最も人口の少ない国をご存知だろうか?

 それは、2018年のロシア・ワールドカップに初めて出場したアイスランドである。その人口は約35万人。日本で最も人口の少ない都道府県である鳥取県でも約57万人が暮らしていることを考えれば、アイスランドがいかに「小国」であるか、が分かるだろう(日本の総人口は約1億2600万人。19年8月時点)。

 そのアイスランドが16年のEUROの本大会に初出場を果たしてグループステージを突破(ハンガリー、ポルトガル、オーストリアと同じグループFで1勝2分けの2位)。さらに、イングランドを決勝トーナメントの1回戦で下してベスト8までに勝ち上がり、大きな存在感を示した。

 EURO2016にアイスランドが出場できたのは出場枠が16から24に拡大されたためという声もあったが、ロシア・ワールドカップのヨーロッパ予選で地力を発揮。クロアチア、ウクライナ、トルコという難敵ぞろいのグループをクリアして本大会へと駒を進めたのだ。ロシア大会ではグループ最下位に沈んだものの、リオネル・メッシ擁するアルゼンチンとの試合では勝ち点1をもぎ取って見せた(アルゼンチン、ナイジェリア、ロシアと同組。1分け2敗)。アイスランド国内でのサッカーに対する注目度は高く、アルゼンチン戦では瞬間最高視聴率が99・6%を記録している。

 いかにして、アイスランド・サッカーが成長を遂げたのか、はサッカー関係者であれば気になるところだ。今回は、『第11回JFAフットボールカンファレンス2019』(高知県高知市開催)の2日目に登壇し、アイスランド・サッカー協会のアカデミー・ダイレクターを務めるアルナル・ビル・グンナルソンの発表から「アイスランド・サッカー」に迫りたい。

アイスランド・サッカー協会のアカデミー・ダイレクターを務めるアルナル・ビル・グンナルソン (C)gettyimages

 アイスランドにおける最大の特徴は「すべてのサッカー初心者がライセンス保有者の指導を受ける」ことだろう。5歳であろうが、15歳であろうが、サッカーの初心者であれば誰もが有資格指導者にサッカーを学ぶのだ。所属するクラブの規模も関係ない。それほど、「サッカーの指導者がライセンスを持っていること」、そして「サッカーを始めたばかりの選手がしっかりとした指導者から学ぶこと」が重要視されているのだ。

 ビルは言う。

「サッカーを始めたときに優れた指導者と出会うことができれば、その選手はサッカーがもっと好きになる。練習メニューに工夫が凝らされていれば、『もっとプレーしたい』と選手に向上心が自然と芽生える。そして選手をこういう気持ちにさせるには一定の基準をクリアした指導者の存在が不可欠だ」

 ライセンス保持者のクオリティーの高さにも注目すべきだろう。アイスランドのサッカー協会に登録している約600人の指導者は全員、UEFAの指導ライセンスを持つ。全指導者の30%がUEFAのA級ライセンスを持ち、残りの70%もB級ライセンスを持つのだ(アイスランド・サッカー協会はUEFAライセンスの取得を義務づけている)。確かに、ライセンス保持者の約95%は日中、本業に励むパートタイム・コーチだが、ライセンス保持者と不保持者との「線引き」は徹底されている。「選手の保護者、または(ライセンスのない)ボランティアのコーチがサッカーを教えるようなことはあり得ない」とビルは断言する。

 サッカーはアイスランド国内で圧倒的な人気を誇るスポーツであり、10歳以下の男子で言えば、2人に1人がサッカーを楽しんでいる。もっとも、アイスランドは約35万人の人口しか持たないため、サッカー協会に登録している男性の数は2万人にも満たない(日本サッカー界の状況は下の表1を参照)。限られた選手をいかに効率良くトップレベルまで引き上げるかという課題と向き合ったとき、子供により良い教育を与え、長くサッカーを愛してもらう環境を整える、という解決策にアイスランドは至り、優秀な指導者の育成に踏み切った。

 2つ目の特色と言えるのが、アイスランドという国の特徴でもある「平等性」だ。

 北欧にはデンマークやスウェーデン、ノルウェーなど、男女平等の重要性を追求する国が多く、アイスランドも例外ではない。アイスランドの社会が大きな変化を迎えたのは40年ほど前、1975年10月25日のことだった。男女の賃金格差改善を求めたアイスランドの女性たちが仕事や家事をやめて『デイ・オフ』(休日)と呼ばれるストライキに踏み切った。ストライキが与えたインパクトはとてつもなく大きく、病院では看護師、新聞や雑誌の印刷所からはオペレーター、そして家からは主婦がいなくなり、社会は機能不全に陥った。世間が女性の存在の重要性を知ることになったのだが、女性たちはデイ・オフを85年、05年、10年、16年、さらには18年の10月25日に実施。デイ・オフのたびに男女平等を訴えてきた。

 80年にはビグディス・フィンボガドゥティルがアイスランドで初めての女性大統領に就任、96年までこの座をまっとうした。また、09年から13年には、こちらも女性のヨハンナ・シグルザルドゥティルが首相の座に就いた。意思決定機関に女性が多いため、自ずと女性が大切に扱われるようになっていったのだ。

 当然、サッカー界でも平等は重視されたとビルは言う。

「平等性はアイスランドでは非常に大きなテーマ。サッカー界にも当てはまる」

 国内には70のサッカークラブがあり(すべてアマチュア)、47のサッカークラブにはアカデミー(育成部門)がある。もちろん、全クラブに男子チームと女子チームがある。女子チームが多ければ、女子の競技人口を増加させられる可能性も増す。実際、アイスランド・サッカー協会の全登録者選手数2万5571人において女子の登録選手が占める割合は32%となる7927人。日本サッカー協会に登録している女子選手のほうが実数は多いが、女子選手の占める割合は3%強(下の表1を参照)である。比率から考えれば、いかに多くの女子選手がアイスランドでサッカーを楽しんでいるかが分かるだろう。

 言うまでもなく、男子選手と女子選手の環境にも平等の精神が貫かれている。男子と女子がそれぞれのチームで練習し、すべての選手がライセンス保持者の指導を受ける。練習の頻度や練習時間に関しても同じ待遇になっており、「もし、男子と女子とで練習時間が違っていたら、そのニュースが新聞の一面になる」とビルは語る。

 あらゆるレベルの選手が、同じ環境で同じような教えを受けるのがアイスランドの特徴と言える。ただし、平等性が弊害を生むこともある。それは、ずば抜けて優秀な選手がいたとき、その能力に見合った特別な環境を用意できないということだ。タレントがアイスランド国内にとどまらず、スウェーデンやイングランド、そしてオランダなど、育成年代の指導で実績を残している国々に留学し、そこで技術を磨くことも少なくない。

 アイスランド・サッカー界もこの問題を看過しているわけではない。例えば、大会を開催するときはレベルに応じてチーム分けを行ない、能力の高いチームは能力の高いチームと対戦するようにし、初心者中心のチームは初心者中心のチームと戦えるように振り分けるようにしている。こうした施策を講じて圧倒的に少ない選手たちの向上心に刺激を与え、より高みへと導こうとしているのだ。
※後編に続く(文中敬称略)

著しい成長を見せているアイスランド。試合後に行なう「手拍子」が今や、お馴染みの儀式となった (C)gettyimages

後編はこちら

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