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2025-10-03

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第32回「敏感」その2

平成28年九州場所6日目、玉鷲は連勝中の綱取り豪栄道を突き落とし、前場所の雪辱を果たした

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秋は静かに物思う季節。
夏の暑さに痛めつけられて鈍くなっていた神経が生き返るような気がします。
だから、秋は抒情的になるんですね。
神経過敏と言えば、力士たちもそうです。
一瞬のうちで勝負が決する、過酷な世界に住む者は、ボンヤリしていては遅れを取ってしまいます。
常にあたりに注意を払い、空気を読む敏感さが必要です。
感情に流されてもいけません。
自分をコントロールし、相手に弱点を見せない冷静さも大切になってきます。
いかに力士たちがそういう面で長けているか。それを感じさせるエピソードです。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

屈辱晴らした玉鷲

誰だって負ける。白鵬だって幕内で199回も負けている。負ければ、誰だって悔しい。問題は、その思いをどうするかだ。
 
平成28(2016)年秋場所は大関豪栄道(現武隈親方)の場所だった。初日からまるで勝利の神が乗り移ったように勝ちまくり、ついに全勝で初優勝したのだ。優勝が決まったのは14日目の玉鷲戦だった。豪栄道が懐に飛び込み、玉鷲を一気に寄り切るシーンは、テレビやラジオ、新聞、雑誌などでくり返し報道された。
 
ヒーローとなった豪栄道は、それらを見るたびに喜びがよみがえって来たに違いない。気の毒だったのは、負けて引き立て役になった玉鷲だ。

「テレビでいっぱい(自分が負ける姿が)流れた。悔しかったよ」
 
と後日、玉鷲は唇を噛みしめていた。
 
翌九州場所の6日目、玉鷲はまた、豪栄道と顔が合った。このときの豪栄道は、いわゆる綱取り場所で、前日まで負けなしの5連勝していた。横綱昇進に向かって、着々と前進していたのだ。玉鷲がまた負けると、テレビでそのシーンが何度も流れるのは目に見えている。
 
あんな屈辱的な思いはもう御免、とばかり、玉鷲は軍配が返ると、今度はモロ手で突っ張り、先手を取った。右を差されて反撃されるが、体勢を崩しながら懸命に左から突き落とすと、豪栄道の体が落ちた。
 
鮮やかなお返しだ。足取りも軽く支度部屋に戻って来た玉鷲は、

「勝った瞬間、思わず、よしって声を出しちゃったよ。夢中だったので、取り口はよく覚えていないけど、気持ちいいですね」
 
と会心の笑みを浮かべた。
 
ボーッとしていては、こんな雪辱はできない。ちなみに、この場所の玉鷲は、この豪栄道をはじめ、日馬富士、琴奨菊(現秀ノ山親方)、照ノ富士(現宮城野親方)の1横綱3大関を破って二ケタの10勝を挙げ、初めての技能賞を受賞している。これが幕内49場所目で初の三賞だった。神経をとがらせていれば、意外な余禄にありつくものですね。

月刊『相撲』令和3年11月号掲載

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