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2025-10-17

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第32回「敏感」その3

平成29年初場所千秋楽、白鵬の寄りを弓なりになってこらえる稀勢の里

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秋は静かに物思う季節。
夏の暑さに痛めつけられて鈍くなっていた神経が生き返るような気がします。
だから、秋は抒情的になるんですね。
神経過敏と言えば、力士たちもそうです。
一瞬のうちで勝負が決する、過酷な世界に住む者は、ボンヤリしていては遅れを取ってしまいます。
常にあたりに注意を払い、空気を読む敏感さが必要です。
感情に流されてもいけません。
自分をコントロールし、相手に弱点を見せない冷静さも大切になってきます。
いかに力士たちがそういう面で長けているか。それを感じさせるエピソードです。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

誰かに支えられて

人間、極限まで追い込まれれば、眼には見えないものが見えたり、感じたりするものだ。力士たちもそんな理屈を超越した神秘現象に出会うことがある。
 
平成29(2017)年初場所千秋楽、前日の14日目に待望の初優勝を決めた大関稀勢の里(現二所ノ関親方)は、まだ心から喜べなかった。もう一番勝って14勝すれば悲願の綱取り成功、という究極の状況にあったのだ。しかも、相手はこれまで何度も煮え湯を飲まされてきた横綱の白鵬だった。
 
勝てば優勝プラス横綱昇進と両手に花、負ければ優勝の喜びも半分。このときの稀勢の里の胸は激しく脈打っていたに違いない。おそらく日本中の相撲ファンがそうだったはずだ。
 
運命の軍配が返ると、修羅場慣れしている白鵬が意外な戦法に打ってでた。長引いては面倒とばかり、左を差すと右からおっつけ、一気に前に走ったのだ。速攻だ。たちまち稀勢の里は攻め込まれ、土俵際に詰まり、体は「く」の字にのけぞった。万事休すと思われた次の瞬間だった。右から捨て身の掬い投げを打つと、前のめりになっていた白鵬の体がもんどり打って転がったのだ。絵に描いたような、というよりも、理屈を超えた逆転勝ちだった。
 
これで19年ぶりの日本人横綱誕生も決定的に。優勝インタビューでは涙、涙の稀勢の里は、この逆転勝ちしたシーンに触れられると、

「あの残し方はこれまでの人生でもない。自分の力ではないような、誰かに(後ろから)支えられているような気がしました。こういうことってあるんだなと思い、びっくりしました」
 
と驚きを隠さず、それは(熱心に指導してくれた)先代師匠の鳴戸親方(元横綱隆の里)ですか、と畳み込まれると、

「(それは)あります。後押ししてくれた気がします」
 
と声を詰まらせた。
 
人間の感覚、感受性っておもしろいですね。

月刊『相撲』令和3年11月号掲載

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