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2025-10-21

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第34回「前兆」その2

北勝力に一気に押し倒され、土俵の俵にしたたかに叩きつけられた朝青龍

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人生には理屈では割り切れない、摩訶不思議なことがよく起こります。
なにかあったとき「そう言えば、あの直前にこういうことがあったな」
と、これから起こることを予感させるような出来事に遭遇したことはありませんか。
ちょうど大地震が起こる前の予知現象のように。
ホンのちょっとしたことが、勝負に大きく影響する世界だからかもしれませんが、大相撲界にはよくそれが起こります。
そんな理論を超越した、なんとも神秘的な前兆、前触れにまつわるエピソードです。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

謎のかゆみ

連勝はいつか止まるもの。平成22(2010)年九州場所2日目、白鵬の連勝が稀勢の里(現二所ノ関親方)に負けて63で止まり、

「これが負けか」

とつぶやいたのはあまりにも有名だが、その6年前の平成16年夏場所6日目には、朝青龍も昭和以降5位(当時、現在は8位)の35連勝でストップしている。殊勲の星を挙げたのは西前頭筆頭の北勝力(現谷川親方)で、決まり手は押し倒しだった。背中にベットリと砂を付けて引き揚げてきた朝青龍の第一声は、いかにも負けん気のかたまりらしく、

「ヤラれたよ」

と吐き捨て、悔しさをむき出しにした。そして、敗因について聞かれると、鼻の横をボリボリと掻きながら、

「朝からこの辺りが妙にかゆかったんだ。何かあると思ったよ」

と小さく首をひねり、

「場所前、(北勝力のいる)八角部屋には出稽古に行かなかったんだ。こんなことになるならいけば良かった」

と反省しきりだった。それがなんの前触れなのか、分からなかったが、事前に何かが起こりそうな予感があったのだ。

この大番狂わせのあと、もう一人、

「ヤラれたよ」

と朝青龍とまったく同じセリフを口にした人物がいる。北勝力の師匠の八角親方(元横綱北勝海)で、

「この一番に懸賞をかけていたんだ。(北勝力に)勝ったらやるって。金額? それはちょっと言えないけど、まさか取られるとは思わなかったな」

と朝青龍とは対照的に妙に嬉しそうだった。

それから9日後の千秋楽、朝青龍は北勝力ともう一度、優勝決定戦で対戦している。今度は朝青龍の鼻の辺りはかゆくなかったようで、モロ差し一気に寄り切り、3場所連続、通算7回目の優勝を果たし、

「千秋楽には必ず優勝を手に入れる、と信じて頑張ってきました。それが横綱の責任ですから」

と胸を張った。

月刊『相撲』平成25年8月号掲載

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