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2025-12-23

【連載 泣き笑いどすこい劇場】第35回「写真」その3

表紙を飾った平成18年の白鵬と把瑠都。ともに明るく初々しい表情だが、白鵬の負けじ魂はメラメラと燃えていた

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思い出をいつまでも生き生きと残してくれるのが写真だ。
立場上、被写体となることが圧倒的に多い力士たちだが、
やはり様々なかたちで写真に関わり、数多くのエピソードを残している。
自分を奮い立たせてくれた写真、
その裏にさまざまな感情が交錯した写真。
そんな写真にまつわるエピソードを集めてみた。
※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。

闘う男たちの矜持

勝負師は目に見えないところでも闘っている。これは力士ばかりではない。

例えば、昭和33(1958)年のプロ野球の開幕戦で大物新人の長嶋(巨人)を4打席連続三振に討ち取った国鉄の金田は、試合前、通路で長嶋とすれ違ったとき、ただでさえ身長が高いのに、さらにツマ先立ちになり、上から見下ろすようにして通り過ぎたという。見ろ、オレはこんなに大きいんだ。新人のお前なんかに打たれるワケがない、と無言のプレッシャーをかけたのだ。

将棋の大山康晴名人も、タイトル戦前日は朝から食事を抜き、その夜の前夜祭で、緊張して食事がノドを通らないでいる挑戦者の前でワザと飲んだり、食ったりしてみせたそうだ。相手に、大勝負を前に旺盛な食欲を見せ、なんとも豪胆な人だな、と恐怖感を与えだのだ。

平成18(2006)年夏場所は、2人のフレッシュな大物が頭角を現し、沸いた。1人は新大関の白鵬だった。この場所、白鵬は、優勝決定戦で関脇雅山(現二子山親方)を降して初優勝している。もう1人は前場所、十両で史上4人目の全勝優勝をして入幕し、またまた11勝を挙げて敢闘賞を受賞した把瑠都。当然、マスコミは2人に注目する。場所後、あるカメラマンがこの2人にツーショット写真を依頼し、2人は快諾した。

当時の把瑠都はまだ文字通りのニューフェイス。すでに土俵では夏場所千秋楽に顔が合い、上手出し投げで白鵬が快勝しているが、土俵外で顔を合わすのはこれが初めてだ。

撮影前、把瑠都を改めてマジマジとみた白鵬は、

「でっけえな」

と目を剥いた。ちなみにこのときの白鵬は、身長192センチ、体重は153キロだった。対する把瑠都は、身長197センチ、体重172キロ。入門以来、着実に大きくなり、体の大きさでは滅多に後れをとったことがない白鵬だったが、把瑠都のほうが明らからにひと回り大きかった。

さて、カメラマンはいざ撮影を始めようとカメラを向けたとき、把瑠都の横に並んだ白鵬の奇妙な動きに気が付いた。不自然に体がピクピクと上下に動いているのだ。どうしたんだろう、と思ってファインダーから目を外したカメラマンは白鵬を見て思わず「あっ」と叫んだという。

なんと初優勝したばかりの怖いもの知らずの大関が必死にツマ先立ちになり、少しでも大きく見せようとしていたのだ。これから先、把瑠都は必ず番付を大きく上げ、自分と常時、対戦するようになる。そのときをにらんで、

「どうだ、オレだって大きいだろう」

とプレッシャーをかけていたのだった。ここまで徹底しないと、なかなか第一人者の地位は守れないものなのかもしれない。この白鵬の負けん気がにじみ出たツーショット写真、『月刊相撲』の平成18年7月号の表紙を飾っている。

さらに付け加えれば、次の名古屋場所10日目にも、白鵬は西前頭4枚目に躍進した把瑠都と2場所連続の対戦をした。場所前のプレッシャーの効果は抜群で、今度もまた、右四つから寄り倒し、白鵬の快勝だった。

月刊『相撲』平成25年9月号掲載

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