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2026-04-03

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第36回「信念」その4

平成30年4月9日、白鵬の父・ムンフバトさんが死去。白鵬はモンゴルに帰り、葬儀に参列した

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人間って弱いものです。
でも、そんな人間を強くするものがあります。信念です。
前を向き、自分を信じて突き進む、その思いです。
力士たちは、それぞれが信念を抱いて土俵に上がり、闘っています。
だから、心打たれるんですね。
そんな信念をかいま見せるエピソードです。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

オレの生きる道

自分のやっていることに誇りを持ち、どんなことがあってもぶれない。信念を貫くというのは、つまるところ、こういう生き方かもしれませんね。
 
平成30(2019)年4月9日、モンゴルの国民的英雄だった白鵬の父、ジグジドゥ・ムンフバトさんが肝臓癌で亡くなった。76歳だった。ちょうど春巡業の真っ最中で、次の4月10日は長野県伊那市巡業のことだ。
 
誰よりも父を愛し、ひたすら父の背中を追いかけてきた白鵬は、当然のことながら大きなショックを受けた。きっと相撲どころではなかったはずだ。
 
ところが、白鵬はこの伊那市巡業でも、いつものように朝稽古に姿を見せ、地元出身の御嶽海(当時東関脇)にぶつかり稽古で胸を出し、取組でも横綱鶴竜(現音羽山親方)を高々と吊り出して観衆を沸かした。
 
これがオレの生きる道、という信念のほどを見せつけたのだ。巡業打ち出し後、取材に応じた白鵬は、悲しみをこらえてこう言った。

「(今日も)自分に与えられた仕事をまっとうするつもりで土俵に上がりました。親を超えられる子供はいない、と言いますが、改めて父の偉大さを感じています。あと2年がんばって、東京オリンピックで土俵入りすることができたら、見せてあげることができたのに。残念です」
 
当時の白鵬は、東京オリンピックでの土俵入りを強く願っていたのだ。13日に行われる葬儀のために、モンゴルに帰国したのは翌11日。4日後の15日にはもう再来日して春巡業に合流した。

月刊『相撲』令和4年3月号掲載

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