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2026-03-27

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第36回「信念」その3

平成29年夏場所千秋楽、嘉風は3回目の技能賞を獲得した

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人間って弱いものです。
でも、そんな人間を強くするものがあります。信念です。
前を向き、自分を信じて突き進む、その思いです。
力士たちは、それぞれが信念を抱いて土俵に上がり、闘っています。
だから、心打たれるんですね。
そんな信念をかいま見せるエピソードです。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

自分のために

ときどき力士は、たとえ番付は下位でも、手が付けられなくなる。平成29(2017)年夏場所序盤の、ゼニの取れる男と言われ、玄人受けする相撲で定評のあった西小結嘉風(現中村親方)がそうだった。初日、横綱2場所目の稀勢の里(現二所ノ関親方)を押し出すと、3日目に大関豪栄道(現武隈親方)、4日目にはまたまた横綱の鶴竜(現音羽山親方)を押し出した。4日間で2横綱1大関を食ったのだ。
 
小結だったため、惜しくも金星にはならなかったが、まさに面目躍如の快進撃だ。とりわけ、この鶴竜戦は、横にイナされたものの、うまく中に飛び込んで押し出した嘉風ならではの相撲で、

「夢中で取り過ぎて、決まったところは全然分からないよ」
 
と会心の笑みを浮かべていた。
 
こんな旋風を巻き起こしたのだから、翌日の新聞のトップは嘉風の笑みで決まり、と誰もが思った。おそらく本人も。
 
ところが、この一番あとに館内は嘉風が勝ったときよりも何倍も大きな悲鳴や歓声に包まれた。この場所の超目玉、横綱2場所目で、前の場所にドラマチックな逆転優勝をやってのけたばかりの稀勢の里が初日の嘉風戦に続いて、また負けたのだ。しかも、負けた相手が悪かった。横綱、大関も顔負けの人気を誇るイケメン力士、西前頭筆頭の遠藤(現北陣親方)だったのだ。この黄金の顔合わせによる大番狂わせの前には、さすがの嘉風も影が薄い。
 
報道陣も大ヒーローの遠藤や、負けた稀勢の里のところに殺到し、嘉風のまわりはあっという間に櫛の歯が抜けたように寂しくなった。これには嘉風も、

「たとえ遠藤が(稀勢の里に)負けていたって、(オレの)扱いは変わらなかったんでしょう」
 
と開き直り、さらに吠えた。

「(オレは)新聞紙面のために相撲を取ってるんじゃねえ。自分のためにやっているんですよ」
 
これこそ、力士の本質、信念だ。これさえちゃんと心に刻んでいれば、大きく間違うことはない。千秋楽、序盤の活躍が評価されて3回目の技能賞に輝いた嘉風は、

「殊勲賞と思いましたけどね」
 
と浮気な(?)報道陣を皮肉り、こう言って笑みを浮かべた。

「これでまた、上で取れる。来場所が楽しみですよ」

月刊『相撲』令和4年3月号掲載

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