振り返ってみると、いつでも、誰かと目を剥き、戦ってきたような気がする。
※写真上=「土俵の鬼」横綱初代若乃花の弟として、入門以来注目され続けた「土俵のプリンス」
写真:月刊相撲
果たしてオレは、この大相撲の世界で大成できるのか――。
周りのライバルたちとはもちろん、自分の心の中に渦巻く不安との闘い。そんな苦しい手探りの中で、「よし、これだっ。こうやったら、オレはこの世界で食っていけるぞ」と確かな手応えを感じ取り、目の前が大きく開ける思いがする一瞬があるはずです。
一体力士たちは、どうやって暗闇の中で、そのメシのタネを拾ったのか。これは、光を放った名力士たちの物語です。
※平成4~7年『VANVAN相撲界』連載「開眼!! 相撲における[天才]と[閃き]の研究」を一部編集。毎週金曜日に公開します。
あるとき、それは、5年前に、
「水泳じゃ、メシは食えない」
とおよそ中学生らしからぬしたたかなセリフを吐いて、この世界に入門を決意したとき、
「よし、これからは兄でもなければ兄弟でもない。赤の他人と思え」
と宣言し、本当に兄弟の縁を切って鬼のように振る舞った長兄の師匠・二子山親方(元横綱初代若乃花)だった。
また、あるとき、それは、
「お前があの若乃花の弟か。なるほど、生意気な顔をしているじゃねえか。兄弟なら、兄できて、弟にできないことはねえだろう。さあ、このオレを思いっ切り、押してみろ。さあ。押せ」
とワザといじわるをする兄弟子たちだった。
プロの力士になる。スイマーとして有望視されていた15歳の貴ノ花がこう決心したのは、ただ単に横綱の兄がいるからというような、浮ついた気持ちからではなかった。
小学2年の夏、母や7人の兄や姉やらと共に上京したときから、家族や兄弟たちのために死物狂いで土俵に上がる兄の生きざまを身近に見ているので、勝つことがすべての勝負の世界に生きるつらさや、非情さは、むしろほかの誰よりもよく知っている。と同時に、その戦いに勝つと、カネも、名誉も、なんだって手に入ることも。
父親を早く亡くした、独立心の旺盛な少年にとって、たとえ失敗するリスクを差し引いても、自分の情熱をぶつけるのに十分な夢とロマンにあふれた世界だったからだ。
しかし、入門してすぐ、貴ノ花は、この大相撲界には二通りの人間がいることが分かった。あの若乃花の弟だから、と自分を敵視する人と、せっかく入ってきたんだから、なんとか一人前に育ててやろう、と温かい目で見守ってくれる人である。
自分に好意を抱いてくれている人の叱咤には、どんなに手荒でも喜んで耐えられた。(続)
PROFILE
貴ノ花利彰◎本名・花田満。昭和25年2月19日、青森県弘前市出身。二子山部屋。182cm106kg。昭和40年夏場所、本名の花田で初土俵。43年春場所新十両、同年九州場所新入幕。44年夏場所、貴ノ花に改名。47年秋場所後、大関昇進。幕内通算70場所、578勝406敗58休。優勝2回、殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞4回。56年初場所に引退し、年寄鳴戸を襲名。同年12月、藤島へ名跡変更、57年2月、藤島部屋を創設、横綱貴乃花、若乃花、大関貴ノ浪、関脇安芸乃島、貴闘力らを育てた。平成5年、二子山と名跡交換、16年2月、二男貴乃花に部屋を譲った。平成17年5月30日没、55歳。
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