「プレーオフは普段とは責任感が違う。はっきりいって、楽しかったんです」 1年前まで同じユニフォームを着ていて、気づいたら練習の後も一緒に行動することが多かった。「元」東北フリーブレイズのFW・松渕雄太と安藤永吉。今季から松渕は東京ワイルズ(XHL=エクストリーム・アイスホッケー・リーグ)のFWとして、安藤は八戸市内の中学校の先生として、新しいフィールドで目標を追いかけている。
松渕と安藤が初めてフリーブレイズのユニフォームを着たのは2023年の夏だった。それまで「デュアルキャリア」の横浜グリッツで3年間の選手生活を送ってきた松渕は、練習以外に週5回、会社勤務をしながら競技に取り組んできた。一方で法政大学を2023年3月に卒業した安藤は、プロ選手としてフリーブレイズに入団している。松渕は八戸入りした直後は車を持っておらず、その間は安藤の車で練習に行き来していた。それが、2人が仲良くなったきっかけだった。
2026年の3月。2人は初めて「アジアリーグのプレーオフ」に勝ち進んだ。3月19日から行われた、レッドイーグルス北海道とのセミファイナル。とりわけ、松渕はグリッツ時代と合わせて6年間で初めて経験するプレーオフだった。
松渕は、プレーオフをこう振り返っている。
「1つひとつのプレーに、普段の公式戦とは違う責任が伴う。はっきりいって、楽しかったんです」
3月19日に行われた第1戦。見せ場はいきなりやってきた。この日のスターティングメンバーでは、「松渕雄太」の名は4つ目。フリーブレイズの1点リードで迎えた、1ピリの5分だった。
味方のパスを受けた松渕は、すぐにエントリー。間を置かずシュートを放って、レッドイーグルスのGK・小野田拓人にキャッチされている。
アイスホッケーではよくある、なんということはないプレー。ただ、埼玉栄高校から大東文化大学、そしてグリッツでプレーしていたころの松渕とは違った「成長ぶり」が見てとれた。
「以前は、パックを持ったらチャレンジしていた(シュートを狙っていた)と思うんです。でもチームのことを考えたら、ここは安全にフェイスオフをとって、1つ目につなげたほうがいい。それにイーグルスは、ターンオーバーからのラッシュが得意ですから」
フリーブレイズ、Oゾーンでのフェイスオフから試合は再開する。1つ目、2つ目と笛を挟まずにオンプレーが続いていき、7分、2つ目のウイング所正樹が2点目を奪う。松渕のプレーが、チームの追加点につながったのだ。その後、フリーブレイズは9分にも追加点を挙げて3-0。第1戦を5-3のスコアで勝っている。
「僕がグリッツにいたころは、得点が求められていたんです。FWは、決めれば花形ですから。フリーブレイズに移籍して、最初のうちは、こんなはずじゃないと悩んでいました。でも、これが今の僕に与えられた仕事なんです。昔を知っている人からすれば、面白みがなくなったと思われてしまうかもしれないんですが」
1勝目を挙げ、優位に立ったフリーブレイズ。しかし第2戦、第3戦を落としてセミファイナルで敗退している。「もっともっとやりたかった。負けた直後は、僕もそうでしたが、全員が事実を受け止めきれなかったと思います」
やがて4月中旬、松渕はクラブからの「リリース」の通告を受けたのだった。
今シーズンから、松渕はXHLの東京ワイルズに移籍。9月は、大東大OBのFW泉山聖(北海道グルス)と久しぶりに公式戦で対戦している(写真提供・東京ワイルズ)「チャレンジしないであきらめる。それが一番、いやだったんです」 昨シーズンを終了して、松渕自身はこう思っていた。
「プレーオフを体験して、今までにない楽しさを感じることができた。できるうちは、まだまだホッケーを続けたいと思ったんです」「フリーブレイズでの3年間で、まだ自分の中で燃え尽きることができなかった。グリッツの時とは役割が変わって、でも、このまま終わってしまってもいいのかなって。ここまでアイスホッケーにお世話になってきて、最後は気持ちよく終わりたかったんです」
4月中旬以降、松渕はアジアリーグの他のチームへ移籍の打診をしている。2チームの採用担当者に相談をして、ただ返答は芳しくなかった。
5月上旬、XHLのチームから「興味があります。一度、じっくり話し合いませんか」という、やりとりを得ている。東京ワイルズの斉藤毅監督からだった。
「松渕はもともとウイングでしたが、今シーズンはセンターにもチャレンジしているんです。チームが困った時に、対応できるカードを持っている。それがベテランの良さだと思います」。斉藤監督はそう言っている。
松渕は、世にいう「プライド世代」だ。生まれたのは栃木の宇都宮市。2004年、小学2年生で見たテレビドラマが運命を変えたのだ。親にせがんで少年チーム「宇都宮ブルーインズ」に入れてもらい、それから松渕の「アイスマン」人生が始まっている。
日光の東中学校では、1年と2年時に全国中学校大会で2連覇。同じ学年にはDFハリデー慈英(現レッドイーグルス北海道)、同じく在家秀虎(現スターズ神戸)がいて、中学を卒業後は、同級生5人で埼玉栄高校に進んでいる。
栄高校では3年の時にインターハイで準優勝。しかし、その高校3年目に、松渕は思わぬ出来事を経験している。
当時、松渕の進路の第一志望は「慶應義塾大学」。だが、同じ栄高校には「慶應が第一志望」という選手がもう1人いた。中学からの同期・在家だった。
「僕の周りからは、やめておけと言う声が多かったんです。付属高校ではない高校から2人が受験するのは、それまでにはなかったことですから。だけど僕は、チャレンジしないであきらめるのがイヤだった。無理そうだからやめておく。それが僕には、一番、いやだったんです」
結果は、在家のみが合格だった。松渕は大東大に進むことになる。
「当時、僕は路頭に迷ってしまうと思っていた時期もありました。でも、慶應に教わったこと、大東に教わったこと、その両方が僕の人生を支えてくれていたんです。受験に落ちて、でも、それだけじゃ人生は決まらない。もし慶應に行っていたら、満足してしまってプロのホッケー選手にはなっていなかったかもしれません」
松渕は大東大4年の3月31日まで、アジアリーグのチームから声がかかるのを待っていた。卒業後は一般企業に就職。そして1年後、横浜グリッツへ入団する。
「なんで大東から選手を取るんだ。あのころアジアリーグを見ていた人は、絶対に思っていたと思うんです。僕は世代別代表も1度も選ばれていなかった。大学も(関東大学の)Bグループで、代表から相手にされませんでしたから」
「僕は運がいい。それだけは思っていたんです。上を目指す気持ちがないんだったら、プロを上がったほうがいい(引退したほうがいい)。だから、できるうちはやりたいんです」
それは松渕がずっと信じてきた「プライド」でもあるのだろう。
フリーブレイズ時代の1枚。「監督の指示をできるだけ前で聞くようにしているんです。はたから見れば、この年齢で一番前で聞くのはどうなのかなっていうのがあるかもしれないんですが、練習の意図を、中途半端に理解するのが嫌なんです」。ホッケーに対する気持ちを示しているエピソードではないか「戦力外通告。それは僕の財産でもある。契約がどんな結論でもワクワクしていた」 松渕の2026-2027シーズンが始まっている。所属チームが変わったこともそうだが、これまでとは違う「何か」を感じている。
今年8月8日に入籍。しかも、「来年の1月末か2月頭に、赤ちゃんが生まれる予定なんです」という。
奥さんとは、付き合い出してから1年が経った。6月にプロポーズをしているそうだ。
「奥さんはいつもポジティブに応援してくれるんです。うまくいかないときでも、チャレンジしようよ、と言ってくれる。年齢は4つ下ですが、尊敬できる女性です」
安藤とも、八戸での仕事の合間に会っている。安藤は6月15日から、八戸市の中学の教員になっている。
「永吉は、先生になって充実していると思うんです。安藤先生が来てくれて、社会科の授業が楽しくなりました。そんなふうに評価されていて、アイスホッケーよりも、やりがいを感じているかもしれません」
「実は僕、永吉にそれとなく言ってみたんですよ。XHLでやってみないかって。それでも永吉は、少しも動じなかった。どんなときでも、後悔だけはしない。永吉らしい選択だと思いました」
松渕は、戦力外になった4月のことを思い出すと、不思議な気持ちになるという。
「グリッツに入ったときのことを思い出したんです。あれから3年が経って、今度はフリーブレイズに入れるなんて、考えもしなかった。契約更新か、戦力外通告か。その答えがどうなるにせよ、アイスホッケーをやっていく以上、僕の財産だ。そう思ったんです。だから4月の契約の話がどんな結論であれ、ワクワクしていたんですよ」
松渕の話を聞いていると、こう思う。若者は結局のところ、未来にしか興味はない。時間が経過して、大人になって。でも、それがうらやましくもあるのだ。
松渕雄太 まつぶち・ゆうた東京ワイルズ・FW。背番号「84」。1986年8月4日生まれ、栃木県宇都宮市出身。小学2年生の時にテレビドラマ『プライド』を見て、宇都宮ブルーインズに入部。日光東中では1、2年時に全国中学校選手権で2連覇する。埼玉栄高3年時には、インターハイで準優勝。大東文化大学を卒業後、一般就職を選び、1年後に横浜グリッツに入団する。3年間グリッツでプレーした後に、2023-2024シーズンよりフリーブレイズに加入。今季から東京ワイルズに移籍する。アジアリーグ6年間の成績は、158試合24ゴール16アシスト。現在も八戸に在住している。「僕が車を持ってからも、永吉とは一緒に過ごしていました。極楽湯、それから、びっくりドンキーに行くことが多かったです」