ひと昔前は男子でも高校から直接実業団入りし、日本代表で活躍するランナーも多かった。その存在は箱根駅伝の人気の高まりとともに影を潜めつつあったが、ここにきて再び台頭を予感させる活躍が目立ち始めた。
写真上=2月9日の全日本実業団ハーフマラソンで日本人トップ、全体2位に入った古賀
撮影/早浪章弘(陸上競技マガジン)
全日本実業団ハーフマラソン(2月9日)の男子は、古賀淳紫(安川電機)が最後までもつれた日本人トップ争いを制して2位に入った。1時間00分49秒と大会日本人歴代2位の好タイムをマークした。箱根駅伝人気の現在、男子長距離選手の大半が箱根駅伝に出場できる関東の大学出身だ。鳥栖工高(佐賀)から入社して5年目の古賀の快走に、どんな背景があるのだろうか。
レース後の古賀は、同学年選手を意識していたことを明かした。
「中央発條の吉岡(幸輝)君、Hondaの小山(直城)君、JR東日本の片西(景)君たちです。同い年には絶対に勝ちたい気持ちがありました。大学でエースだった人が注目されるので、高卒でもやれるということを見せたかった」
取材中に何度も「自分は知名度が低い」「無名選手」という言葉が出てきた。とはいえ、古賀も2019年の全日本実業団(ニューイヤー)駅伝7区で区間賞を取った選手。今年の全国都道府県対抗男子駅伝3区では、佐賀県チームで出場してトップに立った実力の持ち主でもある。箱根駅伝で知名度が高い選手には負けたくない、という思いが強いから出た言葉だろう。
「自分の知名度がない分、『すぐ落ちるだろう』と思って(広く名の知れた選手がレースを)引っ張ってくれる。無名選手なりのメリットもあります」
無名選手であることを逆手に取ったコメントだが、そこには意地も込められている。
今の目標は、「ニューイヤー駅伝の(エース区間といわれる)4区で区間賞を取ること」と言う。それも簡単なことではないが、個人種目を目標に挙げないのはなぜなのか。安川電機はロンドン五輪の中本健太郎、リオ五輪の北島寿典と、マラソンの代表経験選手たちが先輩にいるチームである。
「本当はマラソンをやりたいのですが、マラソンにはそれなりの練習と気持ちがいると思うので」
昨年の4月には山頭直樹監督に、今年3月のマラソン出場と、ハーフの1時間01分30秒を年度の目標として提出したが、話し合って両方を追い求めるのは厳しいと判断。ハーフマラソンに絞ったが、今年のニューイヤー駅伝4区で区間11位だったこともあり、「ハーフの先に4区の区間賞がある」と目標設定を軌道修正していた。
古賀は鳥栖工高3年時には国体5000m10位、全国高校駅伝1区区間9位と、全国トップレベルの成績を残して安川電機に入社した。だが高校2年時までは、全国レベルの活躍はなかった。
「当初は陸上を続けられるとは思っていなくて、就職することを考えていました。大学に行く気持ちがなかったんです。ちょっとずつ記録も伸びて、高校2年から安川電機に行くことを考え始めました」
山頭監督によれば、高校の先生から良い選手がいるという情報を得ていたという。
「自分たちにも高卒選手も獲得したい思いがありました。大卒選手だけでは(育成や強化プランなどが)偏りますし、高卒選手が強くなれば長く活躍できます。育成プランは選手個々で変わりますが、古賀は入社1年目から駅伝のエース区間(九州実業団駅伝4区で区間6位)を任せて、実業団のレベルを知ることで大きく育てようとしました」
高校から実業団入りする選手数は、以前よりも圧倒的に少なくなっている。箱根駅伝人気が高まるにつれ、男子の高校長距離選手の大半が関東の大学に進むようになった。
だが、ここに来て、高卒実業団選手の頑張りが目立つようになっている。今年のニューイヤー駅伝では、1区区間2位の茂木圭次郞、6区区間賞の小野知大(共に旭化成)が快走した。茂木が入社6年目で小野が2年目。九州予選1区で茂木に勝って区間賞を獲得した田村友佑(黒崎播磨)も、高卒3年目だ。MHPSでは木滑良と岩田勇治が、高卒からMGC選手へと成長した。
九州のチームに多いのは地理的に関東から遠く、「近くで大きな企業に就職できるなら」(ある九州地区の監督)という理由が多いようだ。「箱根駅伝で活躍した選手は九州まで来てくれない」(別の九州地区の監督)というのも実際のところだろう。
その結果、九州地区のチームは独自のネットワークで、実業団志望選手の情報をつかむようになった。これと思った選手には勧誘にも行くし、逆に指導者の人柄、情熱で入社を決めた選手もいる。
上記の高卒選手たちを取材して感じるのは、自分の考えをしっかりと持った選手が多いこと(それは大卒選手も同じで、“強くなった選手”に共通することなのかもしれないが)。
古賀も先輩たちを見て「強さの秘訣は見てパッとわかるものではなく、人それぞれだと思う」と安易に決めつけない。そこに観察眼の高さが感じられた。
高卒で活躍する男子実業団選手は、今後も現れ続けるだろう。
文/寺田辰朗
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